・・・ とろとろと、眠りかけて、ふと眼をあけると、雨戸のすきまから、朝の光線がさし込んでいるのに気附いて、起きて身支度をして坊やを脊負い、外に出ました。もうとても黙って家の中におられない気持でした。 どこへ行こうというあてもなく、駅のほう・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・老妻が歯痛をわずらい、見かねて嘉七が、アスピリンを与えたところ、ききすぎて、てもなくとろとろ眠りこんでしまって、ふだんから老妻を可愛がっている主人は、心配そうにうろうろして、かず枝は大笑いであった。いちど、嘉七がひとり、頭をたれて宿ちかくの・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ でも、私は、それだけでも夫に甘えて、話をして笑い合う事が出来たのがうれしく、胸のしこりも、少し溶けたような気持で、その夜は、久しぶりに朝まで寝ぐるしい思いをせずにとろとろと眠れました。 これからは、何でもこの調子で、軽く夫に甘えて・・・ 太宰治 「おさん」
・・・毎日毎日のみぞれのために、道はとろとろ溶けていた。しゃがんで、泥にまみれた帽子を拾ったとたんに、私は逃げようと考えた。五円たすかる。別のところで、もいちど呑むのだ。私は二あし三あし走った。滑った。仰向にひっくりかえった。踏みつぶされた雨蛙の・・・ 太宰治 「逆行」
・・・鮒か、うなぎか、ぐいぐい釣糸をひっぱるように、なんだか重い、鉛みたいな力が、糸でもって私の頭を、ぐっとひいて、私がとろとろ眠りかけると、また、ちょっと糸をゆるめる。すると、私は、はっと気を取り直す。また、ぐっと引く。とろとろ眠る。また、ちょ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・寝ながら、またウイスキイをあおる。とろとろと浅く眠る。眼がさめる。にっちもさっちも行かない自分のいまの身の上が、いやにハッキリ自覚せられ、額に油汗がわいて出て来て、悶え、スズメにさらにウイスキイを一本買わせる。飲む。抱く。とろとろ眠る。眼が・・・ 太宰治 「犯人」
・・・同じ百韻中で調べてみると前のほうにある「とろとろ」はだいぶ離れているが、ずっとあとに来る「ほやほや」と「うそうそ」とは五句目に当たる。『そらまめの花』の巻の「すたすた」と「そよそよ」は四句目に当たる。『梅が香』の巻の「ところどころ」と「はら・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・そして富沢はまたとろとろした。次々うつるひるのたくさんの青い山々の姿や、きらきら光るもやの奥を誰かが高く歌を歌いながら通ったと思ったら富沢はまた弱く呼びさまされた。おもての扉を誰か酔ったものが歌いながら烈しく叩いていて主人が「返事するな、返・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・あすこを通った日は丁度お天気だったけれど、そうそう、その時は丁度日本では入梅だったんだ、僕は観測所へ来てしばらくある建物の屋根の上にやすんでいたねえ、やすんで居たって本当は少しとろとろ睡ったんだ。すると俄かに下で『大丈夫です、すっかり乾・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ただその野原の三時すぎ東から金牛宮ののぼるころ少しとろとろしただけでした。 夜があけました。太陽がのぼりました。 草には露がきらめき花はみな力いっぱい咲きました。 その東北の方から熔けた銅の汁をからだ中に被ったように朝日をいっぱ・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
出典:青空文庫