・・・大学が同期で、学内運動の先頭に立っていた秀才であり、万事目に立つ男だったのが、つかまった。これ迄、何年間ものがれていたのが不思議であった。つかまって、拘置所に入れられて、少くとも五年か七年帰れまいと本人さえ云っていたのに、急に出た。その男の・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・その他の作家たちを今日あらしめているものと同期的な線の上から発していると思わざるを得ない。その点で、作者のたゆみない鞭撻と努力とが生活の全面においてなされることを、よろこびをもって期待するのである。 もし私に煙草がふかせたら、きっとここ・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
・・・抑々文壇の発生の初めは、当時の文学者たちが当時の社会の旧套、常套が彼等の人生探求の態度に加えようとする制約を反撥する心持の、同気相求むるところからであったろう。硯友社時代の師匠、その弟子という関係でかためられた流派的存在、対立が、各学校の文・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・そこに小さな銅器工の仕事場があった。暗い仕事場の中には異様に青い眼をもった一人の縮毛の男がいて、鍋に錫をかけている。――が、ゴーリキイは、勤労者の若者の炯眼で見破った。労働者には似ていない。――ゴーリキイは銅器工に訊いた。「こちらに仕事・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・そこは小さな銅器工の仕事場であった。そこには異様に青い眼をもった縮毛の男がいた。ゴーリキイは、社会の下積の者の炯眼で、一目でこれが真実の労働者ではないことを観破したのであった。 この端緒から、当時のカザンに於ける急進的な学生、インテリゲ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・実質賃銀を小売物価との関係で見ると、昭和十二年の春は前年同期に比べてマイナスの二%九である。こうして見ると、軍需工業の景気の呼声が高い割に、この職業別でラジオ増大率の低いことも何か納得出来る気がする。重工業の大工場は今更ラジオとさわぎはしな・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
・・・ ―――――――――――――――― 綾小路は学習院を秀麿と同期で通過した男である。秀麿は大学に行くのに、綾小路は画かきになると云って、溜池の洋画研究所へ通い始めた。それから秀麿がまだ文科にいるうちに、綾小路は先へ洋行・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・又何事もないと、わざわざ人を挑んで詞尻を取って、怒の動機を作る。さて怒が生じたところで、それをあらわに発動させずに、口小言を言って拗ねている。 こう云う状態が二三日続いた時、文吉は九郎右衛門に言った。「若檀那の御様子はどうも変じゃござい・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・人間のする事の動機は縦横に交錯して伸びるサフランの葉の如く容易には自分にも分からない。それを強いて、烟脂を舐めた蛙が膓をさらけだして洗うように洗い立てをして見たくもない。今私がこの鉢に水を掛けるように、物に手を出せば弥次馬と云う。手を引き込・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・ 暫く話をしているうちに、下島の詞に何となく角があるのに、一同気が附いた。下島は金の催促に来たのではないが、自分の用立てた金で買った刀の披露をするのに自分を招かぬのを不平に思って、わざと酒宴の最中に尋ねて来たのである。 下島は二言三・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫