・・・よろしい。よろしい。どうにかして上げますから。」 年とった支那人はこう言った後、まだ余憤の消えないように若い下役へ話しかけた。「これは君の責任だ。好いかね。君の責任だ。早速上申書を出さなければならん。そこでだ。そこでヘンリイ・バレッ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・しかしまあ、お庇様、どうにか蚊帳もありますから。」「ほんとに、どんなに辛かったろう、謹さん、貴下。」と優しい顔。「何、私より阿母ですよ。」「伯母さんにも聞きました。伯母さんはまた自分の身がかせになって、貴下が肩が抜けないし、そう・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・よし河の水が増して来たところで、どうにか凌ぎのつかぬ事は無かろうなどと考えつつ、懊悩の頭も大いに軽くなった。 平和に渇した頭は、とうてい安んずべからざるところにも、強いて安居せんとするものである。 二 大雨が・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・おまえは、あの鳥のめんどうを見てやったら、どうにか暮らしていけないことはない。」と、夫はいいました。「ほんとうに悲しいことです。わたしは、もっと鳥のめんどうを見てやります。そして、一日も早くあなたのところへゆかれる日を待っています。」と・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・ そのように体裁だけはどうにか整ったが、しかし、道修町の薬種問屋には大分借りが出来、いや、その看板の代金にしたところで……。そんな状態ではいくら総発売元と大きく出しても、何程の薬をこしらえてみても、……しかも、その薬にしたところで、そろ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それがもし本当の話だったら、巡査の方でもどうにかしてくれるわけだがなあ。……がいったいここではどうして腹をこしらえていたんだ? 金はいくら持っている? 年齢はいくつだ? 青森県もどの辺だ?」 耕吉は半信半疑の気持からいろいろと問訊してみ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・吉田は胸のなかがどうにかして和らんで来るまでは否でも応でもいつも身体を鯱硬張らして夜昼を押し通していなければならなかった。そして睡眠は時雨空の薄日のように、その上を時どきやって来ては消えてゆくほとんど自分とは没交渉なものだった。吉田はいくら・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・「即ち僕の願はどうにかしてこの霜を叩き落さんことであります。どうにかしてこの古び果てた習慣の圧力から脱がれて、驚異の念を以てこの宇宙に俯仰介立したいのです。その結果がビフテキ主義となろうが、馬鈴薯主義となろうが、将た厭世の徒となってこの・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 彼等の思っていることは、死にたくない。どうにかして雪の中から逃がれて、生きていたい。ただそればかりであった。 雪の中へ来なければならなくせしめたものは、松木と武石とだ。 そして、道を踏み迷わせたのも松木と武石とだ。――彼等は、・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・もしどうにかしてそれをのがれよう、それに抗しようと、くわだてる者があれば、それは、ひっきょう痴愚のいたりにすぎぬ。ただこれは、東海に不死の薬をもとめ、バベルに昇天の塔をきずかんとしたのと、同じ笑柄である。 なるほど、天下多数の人は、死を・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
出典:青空文庫