・・・――宮本武蔵伝読後。 ユウゴオ 全フランスを蔽う一片のパン。しかもバタはどう考えても、余りたっぷりはついていない。 ドストエフスキイ ドストエフスキイの小説はあらゆる戯画に充ち満ちている。尤もその又戯・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・それから寂しい月を相手に、こういう独語を始めました。「お月様! お月様! わたしは黒君を見殺しにしました。わたしの体のまっ黒になったのも、大かたそのせいかと思っています。しかしわたしはお嬢さんや坊ちゃんにお別れ申してから、あらゆる危険と・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ 独語のようなささやきがこう聞こえた。そして暫らく沈黙が続いた。「人々は今のままで満足だと思っている。私にはそうは思えない。あなたもそうは思わない。神はそれをよしと見給うだろう。兄弟の日、姉妹の月は輝くのに、人は輝く喜びを忘れている・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・われ知らず問題は解決したと独語した。 五 水が減ずるに従って、後の始末もついて行く。運び残した財物も少くないから、夜を守る考えも起った。物置の天井に一坪に足らぬ場所を発見してここに蒲団を展べ、自分はそこに横たわっ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 傍で、彼の独語を聞いていた私は、曾て覚えなかった程の印銘を、その言葉から感じたのです。そして、日の光りに照されて輝く老教師の禿頭をじっと見守りました。 学校の教師の中でも、苛められる教師があり、同じ級の中でも、苛められる生徒があり・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・我彼の父とならば、彼我の子となりなん、ともに幸いならずや」独語のようにいうを人々心のうちにて驚きぬ、この翁がかく滑らかに語りいでしを今まで聞きしことなければ。「げに月日経つことの早さよ、源叔父。ゆり殿が赤児抱きて磯辺に立てるを視しは、わ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ この意地が通されないくらいなら美術家たるはおろか、何一ツしでかすものかと、今度はけんか腰になッて、人を後ろへ向かそうッて、たれが向くか、ざまを見ろと今から思えばおかしいがほんとにそう独語を言いながら画き続けた。 音が近づくにつけて大き・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・『七年は経過せり』と自分は思わず独語した。そうだ。そうだ! 七年は夢のごとくに過ぎた。三 自分が最も熱心にウォーズウォルスを読んだのは豊後の佐伯にいた時分である。自分は田舎教師としてこの所に一年間滞在していた。 自分・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・』叔父さん独語を言って上機嫌である。『徳さん、腹が減ったか。』『減った。』『弁当をやらかそうか。』 そこで叔父さんは弁当を出して二人、草の上に足を投げだして食いはじめた。僕はこの時ほどうまく弁当を食ったことは今までにない。叔・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・ 聖書を読むまでと、読後とでは、人間の霊的道徳性はたしかに水準を異にする。プラトンとダンテとを読むと読まないとではその人の理念の世界の登攀の標高がきっと非常に相違するであろう。 高さと美とは一目見たことが致命的である。より高く、美し・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫