・・・ その熱と、その水とに潤されて、地の濃やかな肌からは湿っぽい、なごやかな薫りが立ちのぼり、老木の切株から、なよなよと萌え出した優雅な蘖の葉は、微かな微かな空気の流動と自分の鼓動とのしおらしい合奏につれて、目にもとまらぬ舞を舞う。 こ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ふとっちょでせびくであかっけな十五の娘はこう云った虫のかわいさにさそわれて…… テントムシ ダマシ青々細くなよなよと萌え出た菜の葉のその上にのっかって居るテントムシ 黒と赤とのせなもった……そ・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ この頃めっきり広がった苔にはビロードのやわらかみと快い弾力が有ってみどりの細い間を今朝働き出してまだ間のない茶色の小虫が這いまわって居るのも、白いなよなよとした花の一つ二つ咲いて居るのまで、はっきりした頭と、うるみのない輝いた眼とで私・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・あの時はあんな風に酔わされたのかしら、涙が出て――涙が出て恥かしいほどだったが、涙のこぼれる方がまだ好いんだ。三味線をほっぽり出して壁によっかかってあの時のうれしかった事を思い出す。あのなよなよとした肩っつき、頬かむりの下からのぞいた鬚の濃・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫