・・・ ツァウォツキイはだんだん光線に慣れて来て、自分の体の中が次第に浄くなるように感じた。心の臓も浄くなったので、いろんな事を思い出して、そして生れたと云うばかりで、男の子だか女の子だか知らない子を、どうかして見たいものだと思った。 浄・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・身に着いたのは浅紺に濃茶の入ッた具足で威もよほど古びて見えるが、ところどころに残ッている血の痕が持主の軍馴れたのを証拠立てている。兜はなくて乱髪が藁で括られ、大刀疵がいくらもある臘色の業物が腰へ反り返ッている。手甲は見馴れぬ手甲だが、実は濃・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・暫くして、彼は持ち馴れた下駄の台木を眺めるように、割れた仮面を手にとって眺めていた。が、ふと何んだかそれで立派な下駄が出来そうな気がして来た。すると間もなく、吉の顔はもとのように満足そうにぼんやりと柔ぎだした。・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・が、しばらくの間この群落のなかを進んで行って、そういう気分に慣れたあとであったにかかわらず、次いで突入して行った深紅の紅蓮の群落には、われわれはまたあっと驚いた。この紅蓮は花びらの全面が濃い紅色なのであって、白い部分は毛ほども残っていない。・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫