・・・そうして、肉桂酒、甘蔗、竹羊羹、そう云ったようなアットラクションと共に南国の白日に照らし出された本町市の人いきれを思い浮べることが出来る。そうしてさらにのぞきや大蛇の見世物を思い出すことが出来る。 三谷の渓間へ虎杖取りに行ったこともあっ・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ゆる手品の種明かし、樹皮下に肉桂を注射して立木を枯らす法などもある。 こういう種類の資料は勿論馬琴にもあり近松でさえ無くはないであろうが、ただこれが西鶴の中では如何にもリアルな実感をもって生きて働いている。これは著者が特にそうした知識に・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・なお後にこのほかに松井元惇の「梅園日記」というもののある事をも知った。ともかくこれで製造法のまねぐらいはできるようになった。自分の最初の捜し方が拙であったことはたしかであるが、それにしても、本屋に並んでいる書物が「類型的」であり「非独創的」・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・ 子供の時分にそうした市の露店で買ってもらった品々の中には少なくも今のわれわれの子供らの全く知らないようなものがいろいろあった。 肉桂の根を束ねて赤い紙のバンドで巻いたものがあった。それを買ってもらってしゃぶったものである。チューイ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・私はその頃日記をつけていなかったので確な事は覚えていない。或日再び小石川を散歩した。雨気を含んで重苦しい夕風が焼跡の石の間に生えた雑草の葉を吹きひるがえしているのを見た。 何しろあれだけ大きな建物がなくなってしまった事とて境内は荒野のよ・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・或日一家を携えて、場末の小芝居を看に行く日記の一節を見ると、夜烏子の人生観とまた併せてその時代の風俗とを窺うことができる。明治四十四年二月五日。今日は深川座へ芝居を見に行くので、店から早帰りをする。製本屋のお神さんと阿久とを先に出懸・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・――あの本のねしまいの方に、御医者さんの獄中でかいた日記があるがね。悲惨なものだよ」「へえ、どんなものだい」「そりゃ君、仏国の革命の起る前に、貴族が暴威を振って細民を苦しめた事がかいてあるんだが。――それも今夜僕が寝ながら話してやろ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・自分は日記に書き込んだ。――「三人のうち二人死んで自分だけ残ったから、死んだ人に対して残っているのが気の毒のような気がする。あの病人は嘔気があって、向うの端からこっちの果まで響くような声を出して始終げえげえ吐いていたが、この二三日それがぴた・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・ 私はその日の日記にこう書いている。 ――昨夜、かなり時化た。夜中に蚊帳戸から、雨が吹き込んだので硝子戸を閉めた。朝になると、畑で秋の虫がしめた/\と鳴いていた。全く秋々して来た。夏中一つも実らなかった南瓜が、その発育不十分な、他の・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ 林のなかは浅黄いろで、肉桂のようなにおいがいっぱいでした。ところが入口から三本目の若い柏の木は、ちょうど片脚をあげておどりのまねをはじめるところでしたが二人の来たのを見てまるでびっくりして、それからひどくはずかしがって、あげた片脚の膝・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
出典:青空文庫