・・・その間僕は炉のそばに臥そべっていたが、人々のうちにはこの家の若いものらが酌んで出す茶椀酒をくびくびやっている者もあった。シカシ今井の叔父さんはさすがにくたぶれてか、大きな体躯を僕のそばに横たえてぐうぐう眠ってしまった。炉の火がその膩ぎった顔・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・林の一角、直線に断たれてその間から広い野が見える、野良一面、糸遊上騰して永くは見つめていられない。 自分らは汗をふきながら、大空を仰いだり、林の奥をのぞいたり、天ぎわの空、林に接するあたりを眺めたりして堤の上を喘ぎ喘ぎ辿ってゆく。苦しい・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・「自分はたちどまった、花束を拾い上げた、そして林を去ッてのらへ出た。日は青々とした空に低く漂ッて、射す影も蒼ざめて冷やかになり、照るとはなくただジミな水色のぼかしを見るように四方に充ちわたった。日没にはまだ半時間もあろうに、モウゆう・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・「内地に居りゃ、今頃、野良から鍬をかついで帰りよる時分だぜ。」「あ、そうだ。もう芋を掘る時分かな。」「うむ。」「ああ、芋が食いたいなあ!」 そして坂本はまたあくびをした。そのあくびが終るか終らないうちに、彼は、ぱたりと丸・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・丘から谷間にかけて、四五匹の豚が、急に広々とした野良へ出たのを喜んで、土や、雑草を蹴って跳ねまわっているばかりだ。「これじゃいかん!」「宇一め、裏切りやがったんだ!」留吉は歯切りをした。「畜生! 仕様のない奴だ。」 今、ぐず/\・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・一年あまり清吉が病んで仕事が出来なかったが、彼女は家の事から、野良仕事、山の仕事、村の人夫まで、一人でやってのけた。子供の面倒も見てやるし、清吉の世話もおろそかにしなかった。清吉は、妻にすまない気がして、彼自身のことについては、なるだけ自分・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 朝五時から、十二時まで、四人の親子は、無神経な動物のように野良で働きつゞけた。働くということ以外には、何も考えなかった。精米所の汽笛で、やっと、人間にかえったような気がした。昼飯を食いにかえった。昼から、また晩の七時頃まで働くのだ。・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・しかし、学年が進んで、次第に都会人らしく、垢ぬけがして、親の眼にも何だか品が出来たように思われだすと、おしかは、野良仕事をさすのが勿体ないような気がしだした。両人は息子がえらくなるのがたのしみだった。それによって、両人の苦労は殆どつぐなわれ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・山崎のお母さんに比らべると、お前の母は小学校にも行ったことがないし、小さい時から野良に出て働かせられたし、土方部屋のトロッコに乗って働いたこともある純粋の貧農だったが、貧乏人であればあるほど、一方では自分の息子だけは立派に育てゝ楽をしたいと・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・なく振り放しはされぬものの其角曰くまがれるを曲げてまがらぬ柳に受けるもやや古なれどどうも言われぬ取廻しに俊雄は成仏延引し父が奥殿深く秘めおいたる虎の子をぽつりぽつり背負って出て皆この真葛原下這いありくのら猫の児へ割歩を打ち大方出来たらしい噂・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫