・・・小ざっぱりとした白い壁の小部屋で、ピカピカ清潔な医療道具がガラス箱の内に揃っている。白い上っぱりを着た医者が一人の女の患者を扱っているところだった。「女はどうしても姙娠やお産で歯をわるくするのです。ところが働きながら歯医者へ通うことは時・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ 棺前の祭は初められた。 白衣の祭官二人は二親の家を、同胞の家を出て行こうとする霊に優い真心のあふれる祭詞を奉り海山の新らしい供物に□□(台を飾って只安らけく神々の群に交り給えと祈りをつづける。 御玉串を供えて、白絹に被われる小・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ まぶしいような金髪で、赤い頬で、白衣をまくりあげた片腕いっぱいにうずたかくパンをかかえたまま、ターニャは猫をテーブルの上から追った。 ――今日はどう? あんたのチビさんの御機嫌は。 ――オイ! とてもさかんに体育運動をやってま・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ 白衣の下に女子青年共産党の服をつけた赤い顔の娘が臨床記録を書くための質問を始めた。病症の経過。生年月日 職業 過去の健康状態 父母と弟妹の健康状態――祖父さんに性病はありませんでしたか 生物遺伝子は三代目のモルモットに最も興味・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・氷原の上を、タンクのようなものや何かが通る、停車場のようなところに自分、多勢の白衣の少女と居る。自分、英語で、劬りながら話した。 How old are you?など。少女一寸英語で返事するがうまく云えず困って居る。 ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・私の白髪とこの透明な白衣とが、何の為だか一向知ろうともしません。私のこの髪と衣はどんな色でも光りでもそのまま映して同じ色に輝きます。火に入れば熱い焔色、燻りむせる煙に巻かれれば見わけのつかない煤色になって、恐れて逃る人間達を導き導き空気とと・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 四十五六で、白衣の衿の黒いのを着て奥歯に金をつめてどら声でよくしゃべる一人をA氏とよんで居た。 ふざける様にしゃべって下司な笑い様をするのと金ぐさりを巻きつけたのとが神官としての尊さをすっかり落してしまって居た。そして又いかにも小・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・五つ位の娘であった私の茫漠とした記憶の裡に、暗くて睡い棧敷の桝からハッと目をさまして眺めた明るい舞台に、貞奴のオフェリアが白衣に裾まである桃色リボンの帯をして、髪を肩の上にみだし、花束を抱いて立っていた鮮やかな顔が、やきつけられたようにのこ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・「白衣作業」もその一つの作品である。これまで、こういう題材が婦人作家にとりあげられたことはなかった。そしてこの作者らしい力をこめた感情の緊張で全篇が貫かれている。 菊池寛氏が東日の「廻旋扉」でこの作者が昔の浮上ったところをふるい落したこ・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・膝のあたりを格別に拡げるのは、刈り入れの時、体躯のすわる身がまえの癖である。白い縫い模様のある襟飾りを着けて、糊で固めた緑色のフワフワした上衣で骨太い体躯を包んでいるから、ちょうど、空に漂う風船へ頭と両手両足をつけたように見える。 これ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫