・・・なだらかに高低のある畑地の向こうにマッカリヌプリの規則正しい山の姿が寒々と一つ聳えて、その頂きに近い西の面だけが、かすかに日の光を照りかえして赤ずんでいた。いつの間にか雲一ひらもなく澄みわたった空の高みに、細々とした新月が、置き忘れられた光・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 大濤のようなうねりを見せた収穫後の畑地は、広く遠く荒涼として拡がっていた。眼を遮るものは葉を落した防風林の細長い木立ちだけだった。ぎらぎらと瞬く無数の星は空の地を殊更ら寒く暗いものにしていた。仁右衛門を案内した男は笠井という小作人で、・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・或暮年の頃廿五六なる若侍一人、諏訪の前を通りけるに常々化物あるよし聞及び、心すごく思いけるおり、又廿五六なる若侍来る。好き連と思い伴いて道すがら語りけるは、ここには朱の盤とて隠れなき化物あるよし、其方も聞及び給うかと尋ぬれば、後より来る若侍・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・彼等の中には、他に幾つも別荘を所有する者もあって、たゞ一つという訳でなく、所有欲より、すべての山林、畑地の名儀にて登記し、公然、脱税せるものもあるのだ。かりに、これを借りることも、規律正しく使用するに於ては、ために一木一草を損うことなくすむ・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・苟も吾々の肉体に於て、有ゆる外界の刺戟に堪え得るは僅に廿歳より卅歳位迄の極めて短かい年月ではないか、そして年と共に肉体的の疲労を感じて来て何程思想の上に於て願望すればとて、終には外界の刺戟は鋭く感覚に上って来なくなるのは明かな事実である。此・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・ 物の二十年も臥せったなりのこのおばあさんは、二人のむすこが耕すささやかな畑地のほかに、窓越しに見るものはありませなんだが、おばあさんの窓のガラスは、にじのようなさまざまな色のをはめてあったから、そこからのぞく人間も世間も、普通のものと・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 玄関のわきに、十坪くらいの畑地があって、以前は私がそこへいろいろ野菜を植えていたのだけれども、子供が三人になって、とても畑のほうにまで手がまわらず、また夫も、昔は私の畑仕事にときどき手伝って下さったものなのに、ちか頃はてんで、うちの事・・・ 太宰治 「おさん」
・・・という小説も、全く別な廿世紀の生々しさが出るのではないかと思い、実に大まかな通俗の言葉ばかり大胆に採用して、書いてみたわけであります。廿世紀の写実とは、あるいは概念の肉化にあるのかも知れませんし、一概に、甘い大げさな形容詞を排斥するのも当る・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私から見ると、いずれも十六七くらいにしか見えない温厚な少年でありましたが、それでもやはり廿を過ぎて居られるのでしょうね。どうも、此頃、人の年齢のほどが判らなくなってしまいました。十五の人も三十の人も四十の人も、また或は五十の人も、同じことに・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・私の家は、この三鷹駅から、三曲りも四曲りもして歩いて二十分以上かかる畑地のまん中に在るのだが、そこには訪ねて来る客も無し、私は仕事でもない限りは、一日いっぱい毛布にくるまって縁側に寝ころんでいて、読書にも疲れて、あくびばかりを連発し、新聞を・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫