・・・それにもかかわらず、全般的に女が置かれている社会的な地位が低いことは、家庭の中にも現れて、良人、子供のために身を削る労苦多い妻、母としての毎日の生活が女に与えられている。「子は三界の首っ枷」という俗間の言葉は、日本の従来の家庭の内部をまこと・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・けれども、いざ削るとなると、急にゲッソリと気がぬけて、彼女は、又元のように、鉛筆をしまってしまって本をとりあげた。 そして、自分が何か分らないこれから起ろうとして居ることを、心の底にバク然と感じて、その為に心が大変落付かないことをさとっ・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・ 金くさい卑俗な利害のために日夜鎬を削るブルジョア共の社会生活に反抗するこれらのロマンチスト作家たちが互に「焔の如く燃ゆる人々」として結合し合い、互の独創性を尊敬し、創作をたすけあい刺戟しあったばかりでなく、この時代は、フランス芸術の歴・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・そこによりたやすい血路を求めて、真の骨身を削る煩悶とそこからの脱皮とを経ないですました文学的な諸因子が、国民文学の提唱にあたって、果して、新しい文学の実体としての国民の生活諸々相をリアルななりに作品の世界に把握し再現してゆき得るものであろう・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・大工は木を削る。石屋は石を切る。二箇月立つか立たないうちに、和洋折衷とか云うような、二階家が建築せられる。黒塗の高塀が繞らされる。とうとう立派な邸宅が出来上がった。 近所の人は驚いている。材木が運び始められる頃から、誰が建築をするのだろ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・第二部の正誤には硫酸の硫の字を削ることにした。 訳本ファウストが出ると同時に、近代劇協会は第一部を帝国劇場で興行した。帝国劇場が五日間連続して売切になったのは、劇場が立って以来始ての事だそうだ。そこで今日まで文壇がこの事実に対して、どん・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
・・・そういう人間がどこにいるかは、彼の同志になるか、または専門の刑事にでもならなければ解るものでない。反対に人間の数は少なくとも、著しく目につくものがある。自動車を飛ばせて行く官吏、政治家、富豪の類である。帝国ホテルが近いから夕方にでもなれば華・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・それは先生が藤岡東圃の子供をなくしたのに同情して、自分が子供をなくした経験を書いていられる文章を見ても解る。哲学者で宇宙の真理を考えているのだから、子供をなくした悲しみぐらいはなんでもなく超越できるというのではないのだ。実に人間的に率直に悲・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫