・・・ 渠はしかく活きながら暗中に葬り去られつ。良人を殺せし妻ながら、諸君請う恕せられよ。あえて日光をあびせてもてこの憐むべき貞婦を射殺すなかれ。しかれどもその姿をのみ見て面を見ざる、諸君はさぞ本意なからむ。さりながら、諸君より十層二十層、な・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・そのほどよい所の新墓が民子が永久の住家であった。葬りをしてから雨にも逢わないので、ほんの新らしいままで、力紙なども今結んだ様である。お祖母さんが先に出でて、「さア政夫さん、何もかもあなたの手でやって下さい。民子のためには真に千僧の供養に・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ すぐに道修町の薬種問屋へ雇われたが、無気力な奉公づとめに嫌気がさして、当時大阪で羽振りを利かしていた政商五代友厚の弘成館へ、書生に使うてくれと伝手を求めて頼みこんだ。 五代は丹造のきょときょとした、眼付きの野卑な顔を見て、途端に使・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・おきんの亭主はかつて北浜で羽振りが良くおきんを落籍して死んだ女房の後釜に据えた途端に没落したが、おきんは現在のヤトナ周旋屋、亭主は恥をしのんで北浜の取引所へ書記に雇われて、いわば夫婦共稼ぎで、亭主の没落はおきんのせいだなどと人に後指ささせぬ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・物忘れする子なりともいい、白痴なりともいい、不潔なりともいい、盗すともいう、口実はさまざまなれどこの童を乞食の境に落としつくし人情の世界のそとに葬りし結果はひとつなりき。 戯れにいろは教うればいろはを覚え、戯れに読本教うればその一節二節・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 日蓮は工藤吉隆の法華経のための殉教を賞めて、大僧の礼をもって葬り、日玉上人の法名を贈った。鏡忍房の墓には「手向ノ松」を植えた。 日蓮はこの法難によって、経に符合する意味で法華経の行者としての自信を得た。「日蓮は日本第一の法華経の行・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・私を葬り去ることは、すなわち、建設への一歩である。この私の誠実をさえ疑う者は、人間でない。私は、つねに、真実を語った。その結果、人々は、私を非常識と呼んだ。誓って言う。私は、私ひとりのために行動したことはなかった。このごろ、あなたの少しばか・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・○私を葬り去る事の易き哉。○公侯伯子男。公、侯、伯、子、男。○銭湯よろし。○美濃十郎。美濃十郎。美濃十郎。初号活字の名刺でも作りますか。○H、ばか。D、低能。ゴルフのカップは、よだれ受け。S、阿呆。学校だけは出ました。U・・・ 太宰治 「古典風」
・・・その他、様々の伝説が嘲笑、嫌悪憤怒を以て世人に語られ、私は全く葬り去られ、廃人の待遇を受けていたのである。私は、それに気が附き、下宿から一歩も外に出たくなくなった。酒の無い夜は、塩せんべいを齧りながら探偵小説を読むのが、幽かに楽しかった。雑・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ わが友 ひとこと口走ったが最後、この世の中から、完全に、葬り去られる。そんな胸の奥の奥にしまっている秘密を、君は、三つか四つ――筈である。 憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥「日本浪曼派」十一月・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
出典:青空文庫