・・・現にその小さい机の上には蘭科植物を植えるのに使うコルク板の破片も載せてあった。「おや、あの机の脚の下にヴィクトリア月経帯の缶もころがっている。」「あれは細君の……さあ、女中のかも知れないよ。」 Sさんは、ちょっと苦笑して言った。・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・そればかりでなく泥面子や古煉瓦の破片を砕いて溶かして絵具とし、枯木の枝を折って筆とした事もあった。その上に琉球唐紙のような下等の紙を用い、興に乗ずれば塵紙にでも浅草紙にでも反古の裏にでも竹の皮にでも折の蓋にでも何にでも描いた。泥絵具は絹や鳥・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それはそうと、なにかこのあたりで、おもしろい土器の破片か、勾玉のようなものを拾った話をききませんか。」と、紳士はたずねました。「僕、勾玉を拾いました。それからかけたさかずきのようなものも拾って持っています。」「勾玉? さかずきのかけ・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・彼は羨ましいような、また憎くもあるような、結局芸術とか思想とか云ってても自分の生活なんて実に惨めで下らんもんだというような気がされて、彼は歩みを緩めて、コンクリートの塀の上にガラスの破片を突立てた広い門の中をジロ/\横目に見遣りながら、歩い・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 砕かれた雪の破片が、彼の方へとんで来た。彼の防寒外套の裾のあたりへぱらぱらと落ちた。雪はまたとんできた。彼の背にあたった。でも彼は、それに気づかなかった。そして、じいっと、窓を見上げていた。「ガーリヤ!」 彼は、上に向いて云っ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・鉄砂の破片が、顔一面に、そばかすのように填りこんだ者は爆弾戦にやられたのだ。挫折や、打撲傷は、顛覆された列車と共に起ったものだ。 負傷者は、肉体にむすびつけられた不自由と苦痛にそれほど強い憤激を持っていなかった。「俺ら、もう十三寝た・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ あとから、小さい破片が、又、バラ/\、バラ/\ッと闇の中に落ちてきた。何が、どうなってしまったか、皆目分らなかった。脚や腰がすくみ上って無茶に顫えた。「井村!」奥の方からふるえる声がした。「おい土田さん。」「三宅! 三宅は・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・なぎさに破れた絵日傘が打ち寄せられ、歓楽の跡、日の丸の提灯も捨てられ、かんざし、紙屑、レコオドの破片、牛乳の空瓶、海は薄赤く濁って、どたりどたりと浪打っていた。 緒方サンニハ、子供サンガアッタネ。 秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシ・・・ 太宰治 「ア、秋」
・・・浅虫温泉の近くで夜が明け、雪がちらちら降っていて、浅虫の濃灰色の海は重く蜒り、浪がガラスの破片のように三角の形で固く飛び散り、墨汁を流した程に真黒い雲が海を圧しつぶすように低く垂れこめて、嗟、もう二度と来るところで無い! とその時、覚悟を極・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・私は黙って、しゃがんで、ガラスの破片を拾い集めましたが、その指先が震えているので苦笑しました。一刻も早く修理したくて、まだ空襲警報が解除されていないのに、油紙を切って、こわれた跡に張りつけましたが、汚い裏側のほうを外に向け、きれいなほうを内・・・ 太宰治 「春」
出典:青空文庫