・・・を掻き、「かような頭を致しまして、あてこともない、化物沙汰を申上げまするばかりか、譫言の薬にもなりませんというは、誠に早やもっての外でござりますが、自慢にも何にもなりません、生得大の臆病で、引窓がぱたりといっても箒が仆れても怖な喫驚。・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・そのあくびが終るか終らないうちに、彼は、ぱたりと丸太を倒すように芝生の上に倒れてしまった。 吉永は、とび上った。 も一発、弾丸が、彼の頭をかすめて、ヒウと唸り去った。「おい、坂本! おい!」 彼は呼んでみた。 軍服が、ど・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・それは鳩になって、窓からとび出すはずみに、暗がりの中にこごんでいた長々の頭の髪へ、ぱたりと羽根をぶつけたからです。長々は、びっくりして目をあけて、「おや、だれかにげ出したぞ。」と、どなりました。 火の目小僧も目をさまして、「どっ・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・と言っているうちに、馬車は、十四、五間手前で、ぱたりととまりました。「おや。」と思って見ていますと、巡査は、先に針金の輪のついた、へんな棒きれをもったまま、馬車を下りて、そこの横丁へはいっていきました。と、一分間もたたないうちに、巡査は・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・そこらいちめん黄色い煙がもうもうとあがってな、犬はそれを嗅ぐとくるくるくるっとまわって、ぱたりとたおれる。いや、嘘でねえ。お前の顔は黄色いな。妙に黄色い。われとわが屁で黄色く染まったに違いない。や、臭い。さては、お前、やったな。いや、やらか・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・ 男の子が、ビイルを持って来て、三人の前に順々にコップを置くが早いか熊本君は、一つのコップを手に取って憤然、ぱたりと卓の上に伏せた。私は内心、閉口した。「よし、佐伯も飲んじゃいかん。僕が、ひとりで飲もう。アルコオルは、本当に、罪悪な・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・悲しい哉、老いの筋骨亀縮して手足十分に伸び申さず、わななきわななき引きしぼって放ちたる矢の的にはとどかで、すぐ目前の砂利の上にぱたりぱたりと落ちる淋しさ、お察し被下度候。南無八幡! と瞑目して深く念じて放ちたる弦は、わが耳をびゅんと撃ちて、・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 蓄音機がぱたりとやむと、踊り子たちの手持ちぶさたを紛らすためにだれかが歌いだす。それに合わせて皆が踊り始めると途中で突然また蓄音機の音が飛び込んで来る。所かまわず歌の途中からやにわに飛び込んで来るので踊り手はちょっと狼狽してまた初手か・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・すると眼の下の床へぱたりと一疋の玉虫が落ちた。仰向きに泥だらけの床の上に落ちて、起き直ろうとして藻掻いているのである。しばらく見ていたが乗客のうちの誰もそれを拾い上げようとする人はなかった。自分はそっとこの甲虫をつまみ上げてハンケチで背中の・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・非常な強度で降っていると思うと、まるで断ち切ったようにぱたりと止む、そうかと思うとまた急に降り出す実に珍しい断続的な降り方であった。雑誌『文化生活』への原稿「石油ランプ」を書き上げた。雨が収まったので上野二科会展招待日の見物に行く。会場に入・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
出典:青空文庫