・・・ 神よりも自己を頼み、又とない避難所とし祈りの場所とする事は、願うべき事である。 そう云えば、此の主我が主張する箇人主義、利己主義は真に尊いものであるべきである。完全なものであるべきである。 それを、何故、此の主義は、子を奪い去・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・当時の社会生活から一応は游離して、精神と富との避難所としての文化が辛うじて生きのびた。 僅に、九州や中国の、徳川からの監視にやや遠い地域の大名たちだけが、密貿易や僅かの海外との交渉で、より新しい生活への刺戟となる文化を摂取した。維新に、・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・鉄道沿線の国道には、西へ西へと避難してゆく自動車の列がどこまでも続いている。しかしキュリー夫人はあたりの動乱に断乎として耳をかさず、憂いと堅忍との輝いている独特な灰色の眼で、日光をあびたフランス平野の景色を眺めていた。ボルドーには避難して来・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・あなたのジャケツは私の唯一の避難用下着だから、私ので送れるのを工面致しましょう。これで誘われて、世田谷の子供達にも毛糸をやろうと思いつきました。和服で育っていても調法だから。そちらへも広島から隆治さんの葉書はきましたか。こちらへ一昨日もらい・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・と云うのが、その細君の非難の主なるものであった。 木村の心持には真剣も木刀もないのであるが、あらゆる為事に対する「遊び」の心持が、ノラでない細君にも、人形にせられ、おもちゃにせられる不愉快を感じさせたのであろう。 木村のためには、こ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・とうとう避難者や弥次馬共の間に挟まれて、身動もならぬようになる。頭の上へは火の子がばらばら落ちて来る。りよは涙ぐんで亀井町の手前から引き返してしまった。内へはもう叔父が浜町から帰って、荷物を片附けていた。 浜町も矢の倉に近い方は大部分焼・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・安穏寺の住職は東京で新しい教育を受けた、物分りの好い人なので、佐野さんの人柄を見て、うるさく品行を非難するような事をせずに、「君は僧侶になる柄の人ではないから、今のうちに廃し給え」と云って、寺を何がなしに逐い出してしまった。そこで佐野さんは・・・ 森鴎外 「心中」
・・・小さい村で、人民は大抵避難してしまって、明家の沢山出来ている所なのだね。小川君は隣の家も明家だと思っていたところが、ある晩便所に行って用を足している時、その明家の中で何か物音がすると云うのだ。」通訳あがりは平山と云う男である。 小川は迷・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・子供の正直な心は無心に父親の態度を非難していたのです。大きい愛について考えていた父親は、この小さい透明な心をさえも暖めてやることができませんでした。 私は自分を呪いました。食事の時ぐらいはなぜ他の者といっしょの気持ちにならなかったのでし・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ 親しい友人から受けた忌憚なき非難は、かえって私の心を落ちつかせた。烈しい苦しみと心細さとのなかではあったが、自分にとっての恐ろしい真実をたじろがずに見得た経験は私を一歩高い所へ連れて行った。私は黒い鉄の扉に突き当たったが、自分の力で動・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫