・・・と、黒痘痕の眼も輝き、天狗、般若、白狐の、六箇の眼玉も赫となる。「まだ足りないで、燈を――燈を、と細い声して言うと、土からも湧けば、大木の幹にも伝わる、土蜘蛛だ、朽木だ、山蛭だ、俺が実家は祭礼の蒼い万燈、紫色の揃いの提灯、さいかち茨の赤・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・千里万里もまだ足りなかった。白虎とてんとう虫。いや、竜とぼうふら。くらべものにも何もなりやしないのだ。こんど徳川家康と一つ取っ組んでみようと思う、なんて大それた事を言っていた大衆作家もあったようだが、何を言っているのだ、どだい取組みにも何も・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・へー有難うこれから当世白狐伝を御覧に入れる所なり。魔除鼠除けの呪文、さては唐竹割の術より小よりで箸を切る伝まで十銭のところ三銭までに勉強して教える男の武者修行めきたるなど。ちと人が悪いようなれども一切只にて拝見したる報いは覿面、腹にわかに痛・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ 平右衛門はひらりと縁側から飛び下りて、はだしで門前の白狐に向って進みます。 みんなもこれに力を得てかさかさしたときの声をあげて景気をつけ、ぞろぞろ随いて行きました。 さて平右衛門もあまりといえばありありとしたその白狐の姿を見て・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・「狐こんこん白狐、お嫁ほしけりゃ、とってやろよ。」 すると狐がまだまるで小さいくせに銀の針のようなおひげをピンと一つひねって云いました。「四郎はしんこ、かん子はかんこ、おらはお嫁はいらないよ。」 四郎が笑って云いました。・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
出典:青空文庫