・・・この敬の意識は物の価値、福利とは全く次元を異にする。倫理はこの人格価値感情を究竟の目的とすべきである。物の価値はただこの人格価値の手段としてのみ価値を持つのにすぎぬ。が人格価値はそれ自らの価値である。この人格価値を高めることが行為の目的であ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・快楽の独立性は必ず物的福利を、そして世間的権力を連想せしめずにはおかぬ。人間がそうした見方を持つにいたればもはや壮年であって、青春ではないのである。 事実として青春の幸福はそこから去ってしまうのだ。如何に多くのイデアリストの憧憬に満ちた・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・しかし科学は全体として見れば人間一般の福利を増進するつもりで進んで来た。もちろん現在ではかえって科学の進んだために前よりも不幸になった人間も多数にありはするが、それは物質科学の方面だけが先駆けをしてほんとうの社会科学、現在のいわゆる社会科学・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・北氷洋に中央アジアに、また太平洋に成層圏に科学的触手を延ばして一方では世界人類の福利のために貢献すると同時に、他方ではまた他の科学国と対等の力をもって科学的な競技場上に相角逐しなければおそらく一国の存在を確保することは不可能になるであろうと・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・ ヨーロッパ大戦後の、万人の福利を希うデモクラシーの思想につれて、民衆の芸術を求める機運が起って『種蒔く人』が日本文学の歴史の上に一つの黎明を告げながら発刊されたのは大正十一年であった。ロマンティックな傾向に立って文学的歩み出しをしてい・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 各会社の利潤統制から、社員の足どめ策もあって内部の福利施設が行われるようになって来ているそうだが、谷野せつ子氏が熱心に求めている健康保護、災害防止の設備はどの位改善されつつあるのだろうか。関係会社十六社、社員二十五万人の日産では、「む・・・ 宮本百合子 「働く婦人」
・・・わたくしは群生を福利し、きょうまんを折伏するために、乞食はいたしますが、療治代はいただきませぬ」「なるほど。それでは強いては申しますまい。あなたはどちらのお方か、それを伺っておきたいのですが」「これまでおったところでございますか。そ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫