・・・ 疱瘡の色彩療法は医学上の根拠があるそうであるが、いつ頃からの風俗か知らぬが蒲団から何から何までが赤いずくめで、枕許には赤い木兎、赤い達磨を初め赤い翫具を列べ、疱瘡ッ子の読物として紅摺の絵本までが出板された。軽焼の袋もこれに因んで木兎や・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・薄暗いランプの蔭に隠れて判然解らなかったが、ランプを置いた小汚ない本箱の外には装飾らしい装飾は一つもなく、粗末な卓子に附属する椅子さえなくして、本箱らしい黒塗の剥げた頃合の高さの箱が腰掛ともなりランプ台ともなるらしかった。美妙斎や紅葉の書斎・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 二人の百姓は、町へ出て物を売った帰りと見えて、停車場に附属している料理店に坐り込んで祝盃を挙げている。 そこで女二人だけ黙って並んで歩き出した。女房の方が道案内をする。その道筋は軌道を越して野原の方へ這入り込む。この道は暗緑色の草・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・今日の習慣なり、風俗なり、礼儀なり、或は又道徳と云ったようなものは、今日の社会組織の約束の下になったものが多く、ほんとうな人間性のそれではないのである。 由来人間にはその時代に束縛せられず、又階級に拘束されずして、昔も今も人として立って・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・大多数が支配階級の附属たり、また擁護者たることを甘んずるとしても、芸術家が正義の感激から、被搾取階級のために、戦わずして止むべきかは、一にその人の良心に依ることです。 芸術に於て、プロレタリアの作家の出現は、すでに必然の真理とします。た・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・そのころ東成禁酒会の宣伝隊長は谷口という顔の四角い人でしたが、私は谷口さんに頼まれて時々演説会場で禁酒宣伝の紙芝居を実演したり、東成禁酒会附属少年禁酒会長という肩書をもらって、町の子供を相手に禁酒宣伝や貯金宣伝の紙芝居を見せたりしました。そ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・また、大学病院の建物も橋のたもとの附属建築物だけは、置き忘れられたようにうら淋しい。薄汚れている。入口の階段に患者が灰色にうずくまったりしている。そんなことが一層この橋の感じをしょんぼりさせているのだろう。川口界隈の煤煙にくすんだ空の色が、・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・老大家の風俗小説らしく昔の夢を追うてみたところで、現代の時代感覚とのズレは如何ともし難く、ただそれだけの風俗小説ではもう今日の作品として他愛がなさ過ぎる……。そう思えば筆も進まなかったが、といって「ただそれだけ」の小説にしないためにはどんな・・・ 織田作之助 「世相」
・・・彼等の関心は、東京の文化と、東京を通じて輸入される外来思想とのみに存して、自分たちの故郷の天地山川や人情風俗は、眼中にないかの如くである。で、もしこれらの文学青年がああ云う勿体ないことをする暇があったら、東京へ出て互いに似たり寄ったりの党派・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・島の人というとどこか風俗にも違ったところがあった。女の人が時々家へも来ることがあったが、その人は着物の着つぶしたのや端ぎれを持って帰るのだ。そのかわりそんなきれを鼻緒に巻いた藁草履やわかめなどを置いて行ってくれる。ぐみややまももの枝なりをも・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
出典:青空文庫