・・・そんなら不便じゃが死んでくれい」こう言って五助は犬を抱き寄せて、脇差を抜いて、一刀に刺した。 五助は犬の死骸をかたわらへ置いた。そして懐中から一枚の書き物を出して、それを前にひろげて、小石を重りにして置いた。誰やらの邸で歌の会のあったと・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・しかしわたくしは不敏にしてこれを知らない。わたくしの説明によって、さすところのなんの車たるを解した人が、もしその名を知っていたなら、幸いに誨えてもらいたい。 わたくしの意中の車は大いなる荷車である。その構造はきわめて原始的で、大八車とい・・・ 森鴎外 「空車」
・・・しかしもし商人が資本をおろし財利を謀るように、お佐代さんが労苦と忍耐とを夫に提供して、まだ報酬を得ぬうちに亡くなったのだと言うなら、わたくしは不敏にしてそれに同意することが出来ない。 お佐代さんは必ずや未来に何物をか望んでいただろう。そ・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・ この三郎の父親は新田義貞の馬の口取りで藤島の合戦の時主君とともに戦死をしてしまい、跡にはその時二歳になる孤子の三郎が残っていたので民部もそれを見て不愍に思い、引き取って育てる内に二年の後忍藻が生まれた。ところが三郎は成長するに従って武・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫