・・・ふたをあけて見ると腐ったような水の底に鉄釘の曲がったのや折れたのやそのほかいろいろの鉄くずがいっぱいはいっていて、それが、水酸化鉄であろうか、ふわふわした黄赤色の泥のようなものにおおわれていた。水面をすかして見ると青白い真珠色の皮膜を張って・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ウィリアムの甲の挿毛のふわふわと風に靡く様も写る。日に向けたら日に燃えて日の影をも写そう。鳥を追えば、こだまさえ交えずに十里を飛ぶ俊鶻の影も写そう。時には壁から卸して磨くかとウィリアムに問えば否と云う。霊の盾は磨かねども光るとウィリアムは独・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・しかしまだ小舟はなくならんので、ふわふわと浮いて居る様が見える。天上の舟の如しという趣がある。けれども天上の舟というような理想的の形容は写実には禁物だから外の事を考えたがとかくその感じが離れぬ。やがて「酒載せてただよふ舟の月見かな」と出来た・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・ザラメがみんな、ふわふわのお菓子になるねえ、だから火がよく燃えればいいんだよ。」「ああ。」「じゃ、さよなら。」「さよなら。」 三人の雪童子は、九疋の雪狼をつれて、西の方へ帰って行きました。 まもなく東のそらが黄ばらのよう・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・天道 山男がこんなことをぼんやり考えていますと、その澄み切った碧いそらをふわふわうるんだ雲が、あてもなく東の方へ飛んで行きました。そこで山男は、のどの遠くの方を、ごろごろならしながら、また考えました。(ぜんたい雲というものは、風のぐ・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・大宮から自動車で来、やけ跡も見ない故か、ふわふわたわいない心持。 二十四日 夜からひどいひどい雨、まるで吹きぶりでひとりでにバラックや仮小屋のひとの身の上を思いあわれになる。A午頃福井からかえった由 林町に居て知らず。古川氏にた・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・堪らず私を笑わせたのは、そんな悪漢まがいの風体をしながら、肩つきにしろ、体つきにしろまるでふわふわで、子供っぽくて――謂わば小さな子が大人の帽子でもかぶったようなところのあることだ。 真似が上手ければ上手いほど可笑しい。自然に溢れる滑稽・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・パナマの縁をふわふわさせながら。―― みのえは、坂を下り出した。子供の微かな叫び声と、赫土の空地が行手にある。あたりは先刻の通り静かで、秋日和で、白い雲は空に光っていた。みのえは、それが不思議な気がした。地球が一つぐるりと急廻転した後の・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・はてな―ふわふわする。何ァんだ。他愛もない地球であった。私は地球を胸に抱きかかえて大笑いをしているのである。 まごついた夢 歩こうとするのに足がどちらへでも折れるではないか、…………… 面白くない夢・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・朝、戸をあけて見ると、ふわふわとした雪が一、二寸積もって、全山をおおうている。数多い松の樹は、ちょうど土佐派の絵にあるように、一々の枝の上に雪を載せ、雪の下から緑をのぞかせる。楓の葉のない枝には、細い小枝に至るまで、一寸ぐらいずつ雪が積もっ・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫