・・・軍隊の衛生、クラウゼヴィッツの戦争論を訳した筆は即興詩人を訳し、「舞姫」「埋木」「雁」等を書いた。鴎外が晩年伝記を主として執筆したことは、彼の現実の装飾なき美を愛した心からだけ選ばれた道であったろうか。彼の帝国博物館総長図書頭という官職は果・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ 哀れ。考え違い。 舞姫などこのように、情慾も、好奇心もないのに、そういう目に会う。 のち、男にひかされ、ひどい生活を五年する――男、口入の一寸よいの。いつも、百や二百の金は財布にある、但人の金、女そんなこととは知らずにかかる。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・まるで見もしらない舞姫なんかとどうしてこんな涙の出るほど別れるのがいやになったんだろう、どうして仲がよくなったんだろう、そんな事を考えながら私はポロポロと涙をこぼして居た。翌朝私は目を覚すとすぐ行こうかとも思ったけれ共どうしてもその気になれ・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・鴎外の婦人に対する感情は、「舞姫」、和歌百首や他の作品の上にもうかがわれるのであるが、鴎外の婦人に対するロマンティシズムは、荷風の受動性とは全く異っている。鴎外は、女がさまざまの社会の波瀾に処し、苦しみ涙をおとしながらなおどこにか凜然とした・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・ われわれの問題は、文学と云うものが、此の資本主義を壊滅さすべき武器となるべき筈のものであるか、或いは文学と云うものが、資本主義とマルキシズムとの対立を、一つの現実的事実として眺むべきか、と云う二つの問題である。 更に此の問・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・ 高田はそう梶に云ってから、この栖方は、特種な武器の発明を三種類も完成させ、いま最後の一つの、これさえ出来れば、勝利は絶対的確実だといわれる作品の仕上げにかかっている、とも云ったりした。このような話の真実性は、感覚の特殊に鋭敏な高田とし・・・ 横光利一 「微笑」
・・・男は象眼のある刃や蛇皮を巻いたの鉄の武器、銅の武器を持たぬはなかった。びろうどや絹のような布は至る処で見受けられた。杯、笛、匙などは、どこで見ても、ヨーロッパのロマネスクの作品と比し得べき芸術品であった。 しかもこれらすべては、美しく熟・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・それはこの鉄の武器が、人体などよりもはるかに強い関心の対象であったことを示すものであって、いかにも古墳時代の感じ方らしい。甲冑のほかには首飾りの曲玉や、頭の飾りなどのような装飾品も、「意味ある形」として重んぜられていたらしい。しかし何と言っ・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫