・・・ 新吉はベンチに腰掛けながら、栓抜き瓢箪がぶら下ったようなぽかんとした自分の姿勢を感じていた。 新吉はよく「古綿を千切って捨てたようにクタクタに疲れる」という表現を使ったが、その古綿の色は何か黄色いような気がしてならなかった。 ・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・両側の塀の中からは蝉やあぶらやみんみんやおうしの声が、これでもまだ太陽の照りつけ方が足りないとでも云うように、ギン/\溢れていた。そしてどこの門の中も、人気が無いかのようにひっそり閑としていて、敷きつめた小砂利の上に、太陽がチカ/\光ってい・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そして改札口前をぶらぶらしていたが、表の方からひょこひょこはいってくる先刻の小僧が眼に止ったので、思わず駈け寄って声をかけた。「やっぱしだめだった? 追いだして寄越した?」「いいんにゃそうじゃない。巡査が切符を買って乗せてやるって、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・吉田はいよいよ母親を起こそうかどうしようかということで抑えていた癇癪を昂ぶらせはじめた。吉田にとってはそれを辛抱することはできなくないことかもしれなかった。しかしその辛抱をしている間はたとえ寝たか寝ないかわからないような睡眠ではあったが、そ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・会は非常な盛会で、中には伯爵家の令嬢なども見えていましたが夜の十時頃漸く散会になり僕はホテルから芝山内の少女の宅まで、月が佳いから歩るいて送ることにして母と三人ぶらぶらと行って来ると、途々母は口を極めて洋行夫婦を褒め頻と羨ましそうなことを言・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・一升徳利をぶらさげて先生、憚りながら地酒では御座らぬ、お露の酌で飲んでみさっせと縁先へ置いて去く老人もある。 ああ気楽だ、自由だ。母もいらぬ、妹もいらぬ、妻子もいらぬ。慾もなければ得もない。それでいてお露が無暗に可愛のは不思議じゃないか・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・十四年までは、病気がよくならんのでブラ/\して暮してしまった。十五年十一月、文芸戦線同人となった。それ以来、文戦の一員として今日に到っている。短篇集に、「豚群」と「橇」がある。 黒島伝治 「自伝」
・・・ と、彼は、下で、ぶら/\して居る連中に云った。「何だ?」 下の兵士たちは、屋根から向うを眺める浜田の眼尻がさがって、助平たらしくなっているのを見上げた。「何だ? チャンピーか?」 彼等が最も渇望しているのは女である。・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・しかし、清吉が病気に罹って、ぶら/\しだしてから、子供の要求もみな/\聞いてやることが出来なくなった。お里は、家計をやりくりして行くのに一層苦しみだした。 暮れになって、呉服屋で誓文払をやりだすと、子供達は、店先に美しく飾りたてられたモ・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 彼女はやって来ると、彼の××××、尻尾を掴まれて、さかさまにブラさげられた鼠のようにはねまわった。なま樹の切り口のような彼女の匂いは、かびも湿気も、腐った空気をも消してしまった。彼は、そんな気がした。唇までまッ白い、不健康な娘が多い鉱・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫