・・・家の裏口に出てカルサン穿きで挨拶する養子、帽子を振る三吉、番頭、小僧の店のものから女衆まで、殆んど一目におげんの立つ窓から見えた。「おばあさん――おばあさん」 と三吉が振って見せる帽子も見えなくなる頃は、小山の家の奥座敷の板屋根も、・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・それではちゃんとつかまえておきますから、ついでにテイブルの上においてある私の手袋をもって来て下さい。」と言いました。 ギンは急いで引きかえして、鞍と手綱と、手袋とをもって出て来ますと、女は、さっきからそのままじっとそこに立ったきりでいま・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・その三人ともみんな留守だと手を振る。頤で奥を指して手枕をするのは何のことか解らない。藁でたばねた髪の解れは、かき上げてもすぐまた顔に垂れ下る。 座敷へ上っても、誰も出てくるものがないから勢がない。廊下へ出て、のこのこ離れの方へ行ってみる・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 王子はその長いすのそばのテイブルのところへいって、ひじをついて、手のひらでおとがいをささえながら、目ばたきもしないで、王女の顔を見つめていました。 ところがそのうちに、王子はだんだんと、ひとりでにまぶたがおもくなって、いつの間にか・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・ら、左官屋さんなんか、はいているじゃないか、ぴちっとした紺の股引さ、あんなの無いかしら、ね、と懸命に説明して呉服屋さん、足袋屋さんに聞いて歩いたのですが、さあ、あれは、いま、と店の人たち笑いながら首を振るのでした。もう、だいぶ暑いころで、少・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・直立不動の姿勢でもってそうお願いしてしまったので、商人、いいえ人違いですと鼻のさきで軽く掌を振る機会を失い、よし、ここは一番、そのくぼたとやらの先生に化けてやろうと、悪事の腹を据えたようである。 ――ははは。ま。掛けたまえ。 ――は・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・一週間すぎて、ふたたびブルウル氏の時間が来た。お互いにまだ友人になりきれずにいる新入生たちは、教室のおのおのの机に坐ってブルウル氏を待ちつつ、敵意に燃える瞳を煙草のけむりのかげからひそかに投げつけ合った。寒そうに細い肩をすぼませて教室へはい・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・しかし松明を振る前にはそれが出ていなかったのか、またどれくらい出ていたのか、まるで私は知らなかったのだから、結局この松明の実験は全然無意味なものに終わってしまった。しかしそういう飛びはなれた非科学的の「実験」がおそらく毎日ここで行なわれてそ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・やユーゴーの「レ・ミゼラブル」の英語の抄訳本などをおぼつかない語学の力で拾い読みをしていた。高等学校へはいってから夏目漱石先生に「オピアム・イーター」「サイラス・マーナー」「オセロ」を、それもただ部分的に教わっただけである。そのころから漱石・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・要太郎も少しだれ気味で網を高く上げて振るとバタ/\と一羽飛び出して堤を越して見えなくなった。要太郎の指をさす通りにグサ/\と下駄の踏み込む畔を伝って土手へ上ると、精の足元からまた一羽飛び出して高く舞い上がった。二、三度大廻りをして東の方へ下・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
出典:青空文庫