・・・気分がいいと云ったって、結局豚の気分だから、苹果のようにさくさくし、青ぞらのように光るわけではもちろんない。これ灰色の気分である。灰色にしてややつめたく、透明なるところの気分である。さればまことに豚の心もちをわかるには、豚になって見るより致・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・その辺一ぱいにならんだ屋台の青い苹果や葡萄が、アセチレンのあかりできらきら光っていました。 亮二は、アセチレンの火は青くてきれいだけれどもどうも大蛇のような悪い臭がある、などと思いながら、そこを通り抜けました。 向うの神楽殿には、ぼ・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・ 太陽は一日かゞやきましたので、丘の苹果の半分はつやつや赤くなりました。 そして薄明が降り、黄昏がこめ、それから夜が来ました。 まなづるが「ピートリリ、ピートリリ。」と鳴いてそらを通りました。「まなづるさん。今晩は、あた・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
・・・『ハイ、私の無上に尊い王様、私奴は陛下のお耳のことにつきまして上りました』 一寸法師は、一層腰を低くしながら云った。『何? 儂の耳のことで来た? そうならなぜ真先にそう云わん。さ、もっと近く来い、寒くはないか……』『有難うご・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・春桃は、向高と自分とは天地も拝せず三々九度の盃も交さず、ただ故郷の兵火に追われて偶然遁げのびて来た道づれの男女が、とも棲みしているばかりだと主張していた。しきたり通りの婚礼をした春桃の良人は李茂という男だった。やっと婚礼の轎が門に入ったばか・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ これには、母がまだお嬢様だった時分、書いたものや、繍ったもの、また故皇太后陛下からの頂戴ものその他一寸した私共には何でもなく見える、髪飾りなどばかり入って居たのだ。 地面にじかに投げ出されたものの中には、塩瀬の奇麗な紙入だの、歌稿・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・ 「陛下は大変御不機嫌でいらっしゃる、何か事が起るにきまって居るわ。あらましの事は知って居るが――」ってね。いろいろにききましたが頭が小さく生れついた女だと云うのでそれより外申しませんでした。 今朝町に参った若い者は、町中のものが、・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・それだのに、どうしてその戦争に対する恐怖の激しさに相当するだけの、きっぱりした戦争拒否の発言と平和の要望が統一された世論としてあらわれて来ないのだろう。兵火におびえる昔の百姓土民のように、あわれにこそこそと疎開小包をつくるよりさきに、わたし・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・ 皿の後に皿が出て、平らげられて、持ち去られてまた後の皿が来る、黄色な苹果酒の壺が出る。人々は互いに今日の売買の事、もうけの事などを話し合っている。彼らはまた穀類の出来不出来の評判を尋ね合っている。気候が青物には申し分ないが、小麦には少・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・ドイツ語でホオフナルと云うのだ。陛下の倡優を以て遇する所か。」 秀麿は覚えず噴き出した。「僕がそんな侮辱的な考をするものか。」「そんなら頭からけんつくなんぞを食わせないが好い。」「うん。僕が悪かった。」秀麿は葉巻の箱の蓋を開けて・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫