・・・丁度、私共が十二三の頃、面白くもなければ、本当の意味もわからない西鶴や方丈記を、其等が「大人の本」であると云う丈の理由で、さも博大な知識を獲得しつつあるような満足と動悸とを以て読み、筆写さえした通りに。 この本の印刷された年代で見ると、・・・ 宮本百合子 「蠹魚」
・・・つまりは美を生み出してゆく可能力がどの程度まで豊饒に一般の生活感情の内にはらまれているかという点が、問題になって来るのである。今日の日本では一般の生活感情が動揺しているとともに、そこにふくまれている創意性も複雑な転変を経験しているのが実際で・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・合法党として存在しはじめてわずか一年を経たばかりの日本の党が、よしんばまだ十分豊饒な文化性を溢れさせていないとして、また組織人の大部分が文芸作品の真剣な読者である暇がないほど活動に多忙であるからといって、日本の民主的革命とその文学の発展のた・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・地上に咲き満ちる花と、瞬く小石と、熟れて行く穀物の豊饒を思え。希望の精霊は、大気とともに顫う真珠の角笛を吹く……」 けれども、そう書き終るか終らないうちに、苦痛の第一がやって来た。彼女は、幸福に優しく抱擁される代りに、恐ろしく冷やかに刺・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・半ば眠り半ばは確乎と覚醒している厖大なアジアの一国、中国で、資本主義以前にありながら、しかも、目下の急速な世界情勢の動きにつれて、豊饒な民族資源が才能さえも含めていきなり最も民主的方法で開発される十分の可能をもっているという事実は、私たちに・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・永山氏の紹介で、現住三浦氏が各建物を案内し大方丈の戸にある沈南蘋の絵を見せて呉られた。護法堂の布袋、囲りに唐児が遊れて居る巨大な金色の布袋なのだが、其が彫塑であるという専門的穿鑿をおいても、この位心持よい布袋を私は初めて見た。布袋というもの・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・青蓮堂に藤左衛門の像、護法堂の有名な彫塑大布袋、大方丈の沈南蘋の牡丹の絵などを見せて貰った。けれども、私共に最も感銘を与えたのは、大観門前に佇んで、低い胸欄越しに、模糊とした長崎市を俯瞰した時の心持だ。左手に、高くすっきり櫓形に石をたたみ上・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・「平家物語」「方丈記」西鶴などを盛にうつしたり、口語訳にしたりして表紙をつけ手製本をつくった。与謝野晶子の「口語訳源氏物語」のまねをして「錦木」という長篇小説を書いた。森の魔女の話も書いた。両親たちは自分たちの生活にいそがしい。家庭・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・それは、その村人自身にならなければ分らないけれ共、気候が悪いし、冬の恐ろしく長い事、諸国人の寄合って居る事、豊饒な畑地の少ない事、機械農業の行われない事、などは、他国者でも分ることである。 明治の初年、この村が始めて開墾されてから、変っ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・然し私自身ではない――つまり、それによって、私が慰撫され、啓発され、人間らしい豊富な感情の一面を感得するものでありながら、自身の裡には乏しくほか生来持合わせない何ものかを、貴女の性格には豊饒に賦与されておられるということなのでございます。・・・ 宮本百合子 「野上彌生子様へ」
出典:青空文庫