・・・ 執筆小説「鋪道」を『婦人之友』に連載中、検挙によって中絶。一九三三年二月二十日。小林多喜二が築地署で拷問虐殺された。通夜の晩に小林宅を訪問して杉並署に連れてゆかれたが、その晩はもう小林の家から何人かの婦人・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・何かましなことがありはしまいかしら、と落付きなく目を外へ向けてきょろつくよりも、ひとりでに背中を真直にし、膝頭に力を入れて歩道をも踏みつつ、来年はどんなことになってもおどろかず、ちゃんと暮して行こうとさらに自分への心をかためる、そんな気分に・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・よしず張りの植木屋があって、歩道に風知草の鉢が並んでいた。たっぷり水をうたれ、露のたまった細葉を青々と電燈下にしげらせている風知草の鉢は、異常にひろ子をよろこばせた。どうしてもそれが欲しくなった。ひろ子は、亢奮した気持でその鉢を買い、夜おそ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・プラタナスの枯葉がきょうのすこし強い風にふきおとされて雨にぬれた歩道に散っていました。日比谷公園では例年のとおり菊花大会をやっています。用事で公園をいそぎ足にぬけていたら、いかにも菊作りしそうな小商人風の小父さんが、ピンと折れ目のついた羽織・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
・・・云ってみれば、雪も深々とつもり、ぐるりの人は作者の水準からみれば愚かしくも親愛にめいめいの生存の線を太くひっぱって暮していたところから根をこいで来た都会では、舗道を荒っぽく洗って流れる雨と風とに、根の土も洗われる感覚で、作品の世界の幻想を作・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・場所をきき合わせる位と思ったのに、なかなか出て来ない。歩道に面した店の小僧など、子守などは、不思議そうにじろじろ自分を見る。 待ち、疲れた時分に、やっと、Aは、山高の頂を揺り乍ら現れた。その顔を一目見て、自分は余り思わしくないことを感じ・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ 電車へお清を押し上げ、窓から歩道に向って頭を下げた彼女を乗せたままそれが動き出すと、油井はみのえを連れ、ぶらぶら歩き出した。「ちょっと日比谷でも散歩して行きましょう、ね」 彼等は公園の池の汀に長い間いた。噴水が風の向のかわるに・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ そういう怒声もきこえる。歩道の人々はおどろきと恐怖の表情で、そのさわぎを眺めているのであった。 そのころのメーデーといえば、全く勤労大衆の行進か、警官の行進か、という風であった。険相な眼と口を帽子の顎紐でしめ上げた警官たちが、行列の両・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・日曜に踊った女の肩からふいと心の首を持ちあげたとき、番兵は向う側の歩道をゆく二人の女を見た。大股に雪の上を――自分の女の記憶のうえをふみしめるのを瞬間わすれて、番兵は自分の目前を見つづけた。 ――中国の女?―― 一人の女は黒ずくめ。・・・ 宮本百合子 「モスクワ印象記」
・・・女子の能力は男子の七十パーセント以上である、近代重工業にもふさわしい、と云われて、女子の技術補導所があちこちにつくられ、女子整備員のオバーオール姿が婦人雑誌に出された時代である。 これも一銭切手であることを、わたしは忘れられなく感じた。・・・ 宮本百合子 「郵便切手」
出典:青空文庫