・・・如何にハリウッドの女優のような知性と生活技法、経済的基礎とをもってしても、離合のたびに女性の品位は堕落し、とうてい日本の貞女烈婦のような操持ある女性の品位と比ぶべくもないのである。 人生における別離には死別にも生別にもさまざまの場合があ・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・昔伊勢の国で冬咲の桜を見て夢庵が、冬咲くは神代も聞かぬ桜かな、と作ったのは、伊勢であったればこそで、かように本歌を取るが本意である、毛利大膳が神主ではあるまいし、と笑ったということである。紹巴もこの人には敵わない。光秀は紹巴に「天が下しる五・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・あそこはまるで主人公本位にできた家だね。主人公さえよければ、ほかのものなぞはどうでもいいという家だ。ただ、主人公の部屋だけが立派だ。ああいう家を借りて住む人もあるかなあ。そこへ行くと、二度目に見て来た借家のほうがどのくらいいいかしれないよ。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・おものも申さで立ち候こと本意なき限りに存じまいらせ候。なにとぞお許しくだされたく候。 これは足を洗いながら自分が胸の中で書いた手紙である。そして実際にこんな手紙が残してあるかもしれないと思う。出ようとする間ぎわに、藤さんはとんとんと・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・御記憶がうすくなって居られると考えますが、二月頃、新宿のモナミで同人雑誌『青い鞭』のことでおめにかかり、そしてその時のわかれ方が非常に本意なく思われて、いつもすまなく感じていて、自分ひとりでわるびれた気持になっています。いつかお詫びの手紙を・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・けれども、謂わば、一流の貴婦人の品位は、犯しがたかった。「おあがりなさい。」僕はことさらに乱暴な口をきいた。「どこへ行っていたのですか。草田さんがとても心配していましたよ。」「あなたは、芸術家ですか。」玄関のたたきにつっ立ったまま、・・・ 太宰治 「水仙」
・・・私のような謂わば一介の貧書生に、河内さんのお家の事情を全部、率直に打ち明けて下され、このような状態であるから、とても君の希望に副うことのできないのが明白であるのに、尚ぐずぐずしているのも本意ないゆえ、この際きっぱりお断りいたします、とおっし・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・けれども流石に源家の御直系たる優れたお血筋は争われず、おからだも大きくたくましく、お顔は、将軍家の重厚なお顔だちに較べると少し華奢に過ぎてたよりない感じも致しましたが、やっぱり貴公子らしいなつかしい品位がございました。尼御台さまに甘えるよう・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・けれども、この不愉快な事件の顛末を語るのが、作者の本意ではなかったのである。作者はただ、次のような一少女の不思議な言葉を、読者にお伝えしたかったのである。 節子は、誰よりも先きに、まず釈放せられた。検事は、おわかれに際して、しんみりした・・・ 太宰治 「花火」
・・・魔法の祭壇から降りて、淋しく笑った。品位。以前に無かった、しとやかな品位が、その身にそなわって来ているのだ。王子は、その気高い女王さまに思わず軽くお辞儀をした。「不思議な事もあるものだ。」と魔法使いの老婆は、首をかしげて呟いた。「こんな・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫