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・・・ お敬ちゃんは前歯で帯どめをかみながら先に立った。小声で「己が姿を花と見てエ」ってあの歌をうたって居る。 私はもう、何とも云われない、おだやかなボーッとなる様な気持で、こまっかいふし廻しの唄をきいて居る。 私の頭ん中には、もうよ・・・
宮本百合子
「芽生」
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・・・と、犬塚は叱るように云って、特別に厚く切ってあるらしい沢庵を、白い、鋭い前歯で咬み切った。「木村君、どうだろう」と、山田は不安らしい顔を右隣の方へ向けた。「先ずお国柄だから、当局が巧に柁を取って行けば、殖えずに済むだろう。しかし遣り・・・
森鴎外
「食堂」