・・・二人はしばし目と目見あわして立ちぬ。 源叔父は袂をさぐりて竹の皮包取りだし握飯一つ撮みて紀州の前に突きだせば、乞食は懐より椀をだしてこれを受けぬ。与えしものも言葉なく受けしものも言葉なく、互いに嬉れしとも憐れとも思わぬようなり、紀州はそ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・否、君のみにあらず、われは一目見しかの旗亭の娘の君によく肖たると、老い先なき水車場の翁とまた牛乳屋の童と問わず、みなわれに永久の別れあるものぞとは思い忍ぶあたわず。ああ天よ地よ、すべて亡びよ。人と人とは永久に情の世界に相見ん。君よ、必ず永久・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ お民が始て僕等の行馴れたカッフェーに給仕女の目見得に来たのは、去年の秋もまだ残暑のすっかりとは去りやらぬ頃であった。古くからいる女が僕等のテーブルにお民をつれてきて、何分宜しくと言って引合せたので、僕等は始めて其名を知ったわけである。・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・体は丈夫で、渡者の仲間には珍らしい、実直なものだと云うことが、一目見て分かった。 九郎右衛門が会って話をして見て、すぐに宇平の家来に召し抱えることにした。 九郎右衛門、宇平、文吉の三人は二十九日に菩提所遍立寺から出立することに極・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫