・・・ついに物にならざるなり、元来この二十貫目の婆さんはむやみに人を馬鹿にする婆さんにして、この婆さんが皮肉に人を馬鹿にする時、その妹の十一貫目の婆さんは、瞬きもせず余が黄色な面を打守りていかなる変化が余の眉目の間に現るるかを検査する役目を務める・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・大王はお妃と王子王女とただ四人で山へ行かれた。大きな林にはいったとき王子たちは林の中の高い樹の実を見てああほしいなあと云われたのだ。そのとき大王の徳には林の樹もまた感じていた。樹の枝はみな生物のように垂れてその美しい果実を王子たちに奉った。・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
・・・そのままピアノが鳴り出せば、ほっとして発声の練習に入るのであったが、さもないときは、焦立たしさを仄めかした眉目の表情と声の抑揚とで、その生徒の名がよばれ、その髪はもうすこし何とかならないんですか、といわれるのであった。 二人の生徒のその・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・この画というのは、巨大な軍服に白手袋の魯国が仰向きに倒れんとして辛くも首と肱とで体を支えている腹の上に、身長五分ばかりの眉目の吊上った日本兵がのって銃剣をつきつけているイギリス漫画である。三十二年後の今日の漫画家は果してどのようなカトゥーン・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・この時代の歴史の上に父の姓とともに固有の名を記されているのは、極く少数の、藤原氏直系の娘たちだけで、いずれも皇后、妃、中宮などになった人達ばかりである。 藤原氏は、宮廷内のあらゆる隅々まで一族の権力を伸張させるために、抑々藤原鎌足の時代・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・列のかしらは軍装したる国王、紅衣のマイニンゲン夫人をひき、つづいて黄絹の裙引衣を召したる妃にならびしはマイニンゲンの公子なりき。わずかに五十対ばかりの列めぐりおわるとき、妃は冠のしるしつきたる椅子に倚りて、公使の夫人たちをそばにおらせたまえ・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・また年を取るにしたがって、才気が眉目をさえ美しくする。仲平なぞもただ一つの黒い瞳をきらつかせて物を言う顔を見れば、立派な男に見える。これは親の贔屓目ばかりではあるまい。どうぞあれが人物を識った女をよめにもらってやりたい。翁はざっとこう考えた・・・ 森鴎外 「安井夫人」
一 ナポレオン・ボナパルトの腹は、チュイレリーの観台の上で、折からの虹と対戦するかのように張り合っていた。その剛壮な腹の頂点では、コルシカ産の瑪瑙の釦が巴里の半景を歪ませながら、幽かに妃の指紋のために曇っていた。 ネー将軍は・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・首なき母親に哺育せられた新王は、この慈悲深い母妃への愛慕のあまりに、母妃の蘇りに努力し、ついにそれに成功するのである。そうして日本へ飛来する時には母妃をも伴なってくる。だから首なくしてなおその乳房で嬰児を養っていた妃が熊野の権現となるのであ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫