・・・唯古来の詩人や学者はその金色の瞑想の中にこう云う光景を夢みなかった。夢みなかったのは別に不思議ではない。こう云う光景は夢みるにさえ、余りに真実の幸福に溢れすぎているからである。 附記 わたしの甥はレムブラントの肖像画を買うことを夢みてい・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 名僧の、智識の、僧正の、何のッても、今時の御出家に、女でこそあれ、山の清心さんくらいの方はありやしない。 もう八十にもなっておいでだのに、法華経二十八巻を立読に遊ばして、お茶一ツあがらない御修行だと、他宗の人でも、何でも、あの尼様・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・「頼むよ――こっちは名僧でも何でもないが、爺さん、爺さんを……導きの山の神と思うから。」「はて、勿体もねえ、とんだことを言うなっす。」 と両つ提の――もうこの頃では、山の爺が喫む煙草がバットで差支えないのだけれど、事実を報道する・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・――そうすりゃきっと名僧知識になれたんだ。――お母さんがそういって話すんだわ。」「悪かったよ。その方がよかったんだよ。相済まなかったよ。」 今度は、がばがばと手酌で注ぐ。「ほほほほ、そのせいだか、精進男で、慈姑の焼いたのが大好き・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・……よくよくの名僧智識か、豪傑な御仁でないと、聞いてさえ下さりませぬ。――この老耄が生れまして、六十九年、この願望を起しましてから、四十一年目の今月今日。――たった今、その美しい奥方様が、通りがかりの乞食を呼んで、願掛は一つ、一ヶ条何なりと・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・私は、此の室の中で、独り臥たり、起きたり、瞑想に耽ったり、本を読んだりした。朝寒いので、床の中に入っていたけれど、朝起きの癖がついているので眤としていられなかった。起きても、羽織すら用意して来なかったので、内湯に行ったのである。広いという程・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・ どこか、庭の捨て石の下からはい出てきた、がまがえるが、日あたりのいい、土手の草の上に控えて、哲学者然と瞑想にふけっていましたが、たまたま頭が上へ飛んできた、女ちょうのひとりごとをきくと、目をぱっちりと開けて、大きな口で話しかけました。・・・ 小川未明 「冬のちょう」
もう昔となった。その頃、雑司ヶ谷の墓地を散歩した時分に、歩みを行路病者の墓の前にとゞめて、瞑想したのである。名も知れない人の小さな墓標が、夏草の繁った一隅に、朽ちかゝった頭を見せていた。あたりは、終日、しめっぽく、虫が細々とした声で鳴・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・もしそれこれを憶うていよいよ感じ、瞑想静思の極にいたればわれ実に一呼吸の機微に万有の生命と触着するを感じたりき もしこの事、単にわが空漠たる信念なりとするも、わが心この世の苦悩にもがき暗憺たる日夜を送る時に当たりて、われいかにしばしば汝・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・大津は独り机に向かって瞑想に沈んでいた。机の上には二年前秋山に示した原稿と同じの『忘れ得ぬ人々』が置いてあって、その最後に書き加えてあったのは『亀屋の主人』であった。『秋山』ではなかった。・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
出典:青空文庫