・・・が、若い二人の土工は、前よりも腰を起したぎり、黙黙と車を押し続けていた。良平はとうとうこらえ切れずに、怯ず怯ずこんな事を尋ねて見た。「何時までも押していて好い?」「好いとも」 二人は同時に返事をした。良平は「優しい人たちだ」と思・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・ 自分は友人と肩を並べて、起伏した丘や、その間に頭を出している赤い屋根や、眼に立ってもくもくして来た緑の群落のパノラマに向き合っていた。「ここからあっちへ廻ってこの方向だ」と自分はEの停留所の方を指して言った。「じゃあの崖を登っ・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・踊り屋台、手古舞、山車、花火、三島の花火は昔から伝統のあるものらしく、水花火というものもあって、それは大社の池の真中で仕掛花火を行い、その花火が池面に映り、花火がもくもく池の底から涌いて出るように見える趣向になって居るのだそうであります。凡・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・滝口から落ちると白くもくもくふくれ上る案配からでもそれと察しられた。だいいち水がこんなにまでしろくなる訳はない、と思ったのである。 スワはその日もぼんやり滝壺のかたわらに佇んでいた。曇った日で秋風が可成りいたくスワの赤い頬を吹きさらして・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・私は滝口からもくもく湧いて出る波の模様を眺めながらうなずいた。せま苦しい箱の中で過したながい旅路を回想したのである。「なんだか知れぬが、おおきい海を。」「うん。」また、うなずいてやった。「やっぱり、おれと同じだ。」 彼はそう・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・暗灰色の入道雲が、もくもく私のぐるりを取り囲んでいて、私は、いままでの世間から遠く離れて、物の音さえ私には幽かにしか聞えない、うっとうしい、地の底の時々刻々が、そのときから、はじまったのでした。しばらく、鏡の中の裸身を見つめているうちに、ぽ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・もう誰だって胸中からもくもく湧いてくるうれしさに笑い出さないでいられるでしょうか。そうでなければ無理に口を横に大きくしたり、わざと額をしかめたりしてそれをごまかしているのです。(コロナは六十三万二百 ※‥‥‥ ・・・ 宮沢賢治 「イーハトーボ農学校の春」
・・・おや、おや、おや、火がもくもく湧いている。二つにわかれた。奇麗だな。火花だ。火花だ。まるでいなずまだ。そら流れ出したぞ。すっかり黄金色になってしまった。うまいぞ、うまいぞ。そらまた火をふいた」 おとうさんはもう外へ出ていました。おっかさ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ みんなは萱の間の小さなみちを山のほうへ少しのぼりますと、その南側に向いたくぼみに栗の木があちこち立って、下には葡萄がもくもくした大きな藪になっていました。「こごおれ見っつけだのだがらみんなあんまりとるやないぞ。」耕助が言いました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 飴緑色の半透明な茎を、根を埋めた水苔のもくもくした際から見あげると、宛然それ自身が南洋の繁茂した大樹林のように感じられた。 想像の豊かな若者なら、きっとその蔭に照る強い日の色、風の光、色彩の濃い熱帯の鳥の翼ばたきをまざまざと想うこ・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫