・・・もう一人はやや黄ばみかけた、長い口髭をはやしている。 そのうちに二十前後の支那人は帳簿へペンを走らせながら、目も挙げずに彼へ話しかけた。「アアル・ユウ・ミスタア・ヘンリイ・バレット・アアント・ユウ?」 半三郎はびっくりした。が、・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・基線道路と名づけられた場内の公道だったけれども畦道をやや広くしたくらいのもので、畑から抛り出された石ころの間なぞに、酸漿の実が赤くなってぶら下がったり、轍にかけられた蕗の葉がどす黒く破れて泥にまみれたりしていた。彼は野生になったティモシーの・・・ 有島武郎 「親子」
・・・中には重荷を積んだ車のやや劇しい響をさせるのもある。犬の身の辺には新らしいチャンの匂いがする。 この別荘に来た人たちは皆好い人であった。その好い人が町を離れて此処で清い空気を吸って、緑色な草木を見て、平日よりも好い人になって居るのだ。初・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・一例を挙げるならば、近き過去において自然主義者から攻撃を享けた享楽主義と観照論当時の自然主義との間に、一方がやや贅沢で他方がややつつましやかだという以外に、どれだけの間隔があるだろうか。新浪漫主義を唱える人と主観の苦悶を説く自然主義者との心・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・(まず、可 と襖に密と身を寄せたが、うかつに出らるる数でなし、言をかけらるる分でないから、そのまま呼吸を殺して彳むと、ややあって、はらはらと衣の音信。 目前へ路がついたように、座敷をよぎる留南奇の薫、ほの床しく身に染むと、彼方も・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・化膿せる腫物を切開した後の痛快は、やや自分の今に近い。打撃はもとより深酷であるが、きびきびと問題を解決して、総ての懊悩を一掃した快味である。わが家の水上僅かに屋根ばかり現われおる状を見て、いささかも痛恨の念の湧かないのは、その快味がしばらく・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・またその面積においてはデンマーク本土に二倍するアイスランドをもちます。しかしその名を聞いてその国の富饒の土地でないことはすぐにわかります。ほかにわずかに鳥毛を産するファロー島があります。またやや富饒なる西インド中のサンクロア、サントーマス、・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それは、普通のほたるよりも大きさが二倍もあって、頭には、二つの赤い点がついていましたが、色は、ややうすかったのであります。「大きなほたるだね。」と、兄はいいました。あまり大きいので、気味の悪いような感じもされたのであります。 二人は・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・Kはさすがに笑いはしなかったが、うちいややわと顔をしかめている。しかし、私は大いに勇を鼓してお櫃から御飯をよそって食べた。何たることか裕然と構えて四杯も平げたのである。しかもあとお茶をすすり、爪楊子を使うとは、若気の至りか、厚顔しいのか、と・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・不憫なほど窶れきった父の死にぎわの面影が眼に刻まれていたが、汽車に乗りこんで私たちはややホッとした気持になった。もうあとは簡単に葬ってきさえすればいいのだ――がさすがに食堂へ行って酒を飲んでくる気にもなれず、睡っておきたいと思いながら睡れも・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
出典:青空文庫