・・・値をきくと、指を一本出したので、煙草の五円に較べれば一皿一円のカレーライスは廉いと思い、十円札を出すと、しかし釣は呉れず、黒いジャケツを着たひどい訛の大男が洋食皿の上へ普通の五倍も大きなスプーンを下向きに載せて、その上へ白い飯を盛り、カレー・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 電灯屋、新聞屋、そばや、洋食屋、町内のつきあい――いろんなものがやって来る。室の中に落着いて坐ってることが出来ない。夜も晩酌が無くては眠れない。頭が痛んでふらふらする。胸はいつでもどきん/\している。…… と云って彼は何処へも訪ね・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・しかし彼の容色はほかに得られぬ。まずは珍重することかな。親父親父。親父は必ず逃がさんぞ。あれを巧く説き込んで。身脱けの出来ぬおれの負債を。うむ、それもよしこれもよし。さて謀をめぐらそうか。事は手ッ取り早いがいい。「兵は神速」だ。駈けを追って・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・と又つと気を変えて「だけど感心と言えば感心だよ。容色も悪くはなし年だって私と同じなら未だいくらだって嫁にいかれるのに、ああやって一生懸命に奉公しているんだからね。全く普通の女にゃ真似が出来ないよ。それに恐しい正直者だから大庭様でも彼女に任か・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・「きょうは下町のほうへ行って洋食でもおごってもらえるのかと思った。」 そういう次郎はあてがはずれたように、「なあんだ」と、言わないばかりの顔つきであった。「用達に行くんじゃないか。そんな遊びに行くんじゃあるまいし。まあとうさんに・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・けれど容色はどこやらけわしくなっていたようであった。紺絣の単衣を着ていた。僕もなんだかなつかしくて、彼の痩せた肩にもたれかかるようにして部屋へはいったのである。部屋のまんなかにちゃぶだいが具えられ、卓のうえには、一ダアスほどのビイル瓶とコッ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・先日も、毛唐がどんなに威張っても、この鰹の塩辛ばかりは嘗める事が出来まい、けれども僕なら、どんな洋食だって食べてみせる、と妙な自慢をして居られた。 主人の変な呟きの相手にはならず、さっさと起きて雨戸をあける。いいお天気。けれども寒さは、・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・要するに、私の最も好かない種属の容色であった。先夜の酔眼には、も少しましなひとに見えたのだが、いま、しらふでまともに見て、さすがにうんざりしたのである。 私はただやたらにコップ酒をあおり、そうして、おもに、おでんやのおかみや女中を相手に・・・ 太宰治 「父」
・・・かの鴎外にしても立派な口髭をはやして軍医総監という要職にありながら、やむにやまれず、不良の新聞記者と戦って共に縁先から落ちたのだ。私などは未だ三十歳を少し越えたばかりの群小作家のひとりに過ぎない。自重もくそも、あるもんか。なぜ、やらないのだ・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・いや、それから生徒の有志たちと、まちのイタリヤ軒という洋食屋で一緒に晩ごはんをいただいて、それから、はじめて私は自由になれるわけなのです。会場からまた拍手に送られて退出し、薄暗い校長室へ行き、主任の先生と暫く話をして、紅白の水引で綺麗に結ば・・・ 太宰治 「みみずく通信」
出典:青空文庫