・・・私にも、このような気持には覚えがある、十二三の頃、父が事ム所のタイプライター用紙を一箱だけ家に持って来たことがある。頁の右肩に英語で肩書や住所などの印刷された、純白で透し模様のあるパリパリした薄い紙はどんなに私を誘惑しただろう。どうか使って・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・ゴロツキ新聞の排除、用紙配給の是正、購読者の要求への即応という掘割をとおって、戦後の小新聞は、民主的な性格のものをふくめて、大企業新聞に吸収された。そして、一九四九年の秋の新聞週間には「新聞のゆくところ自由あり」と、記者たち自身にとってもけ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・温暖な地方は共通なものと見えてその小道にしげっている羊歯の生え工合などが伊豆の山道を思いおこさせた。季節であればこのこみちにもりんどうの花が咲いたりするだろうか。 農家のよこ道を通りすぎたりして、人目がくれのその小道は、いつか前方になだ・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・ 二、日本の文化の民主化を口実として、あらゆる機会に文化の官僚統制をもくろんでいる政府は、用紙割当事務庁案を具体化しようとしている。用紙の不足とそれにからむ不正取引摘発を機会に、内閣直属の用紙割当委員会を組織した。一九四六年に用紙割・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
・・・ 用紙の関係で、再版がおくれた。その二年ちかくに、私たちの現実は実にひどくかわった。生活の困難は益々おびただしく、いまでは国民所得の七割が税になって、不安定も底をついたと云っていいほどだし、六・三制の予算は、僅か七億にきりちぢめられた。・・・ 宮本百合子 「再版について(『私たちの建設』)」
・・・出版の自由は用紙不足という現実条件を政治的につかまれて、現在、用紙割当の仕事の実質は内閣に移されている。更に、政府は、用紙割当事務庁をつくり、その長官が用紙割当事務に対して独占の権力をもつようにしようとしている。もちろんこの場合にも文化材で・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・今でも腐った軌道や枕木が、灌木や羊歯の茂った阪道に淋しく転って居ります。頂上には、其等の廃跡の外に、一軒不思議な建物があるそうでございます。真四角な石造で、窓が高く小さく只一つの片目のようについて居る、気味が悪いと見た人が申しました。何でご・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 彼女等の引緊った表情と、軽快な容姿と比較したとき、その直覚の鈍さは、時には滑稽の感を与えずには措きません。 年中緊張して、笑う間にさえ尚心にゆとりを与えない彼女等の生活は、東洋人に特恵である直覚と対立した時、思わずも微笑させる余裕・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
用紙節約から廃刊になるということはさけがたいことながらやはりそれぞれにつながる編輯者のこれ迄の御骨折りや読者の好意について感想を新しくいたします。これ迄の足かけ八年間にこの雑誌のつくして来た文化の上での意義が読者の生活の裡・・・ 宮本百合子 「終刊に寄す」
・・・ 広い間口から眺めると、羊歯科の緑葉と巧にとり合せた色さまざまの優しい花が、心を誘うように美しく見えた。花店につきものの、独特のすずしさ、繊細な蔭、よい匂のそよぎが辺満ちている。私は牽つけられるように内に入った。そして一巡して出て来て見・・・ 宮本百合子 「小景」
出典:青空文庫