・・・慎ちゃんのような利口じゃありません。私のお母さんは莫迦だったんですから、――」 慎太郎は蒼い顔をしたまま、このいさかいを眺めていた。が、姉がこう泣き声を張り上げると、彼は黙って畳の上の花簪を掴むが早いか、びりびりその花びらをむしり始めた・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ある日上様清八を召され、富士司の病はと被仰し時、すでに快癒の後なりしかば、すきと全治、ただいまでは人をも把り兼ねませぬと申し上げし所、清八の利口をや憎ませ給いけん、夫は一段、さらば人を把らせて見よと御意あり。清八は爾来やむを得ず、己が息子清・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・矢部という男はかねてからなかなか手ごわい悧巧者だとにらんでいたから、俺しは今日の策戦には人知れぬ苦労をした。そのかいあって、先方がとうとう腹を立ててしまったのだ。掛引きで腹を立てたら立てたほうが敗け勝負だよ。貸し越しもあったので実はよけい心・・・ 有島武郎 「親子」
・・・梅水の主人は趣味が遍く、客が八方に広いから、多方面の芸術家、画家、彫刻家、医、文、法、理工の学士、博士、俳優、いずれの道にも、知名の人物が少くない。揃った事は、婦人科、小児科、歯科もある。申しおくれました、作家、劇作家も勿論ある。そこで、こ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「うんや、鳥は悧巧だで。」「悧巧な鳥でも、殺生石には斃るじゃないか。」「うんや、大丈夫でがすべよ。」「が、見る見るあの白い咽喉の赤くなったのが可恐いよ。」「とろりと旨いと酔うがなす。」 にたにたと笑いながら、「麦・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ だのに、餌を見せながら鳴き叫ばせつつ身を退いて飛廻るのは、あまり利口でない人間にも的確に解せられた。「あかちゃんや、あかちゃんや、うまうまをあげましょう、其処を出ておいで。」と言うのである。他の手に封じられた、仔はどうして、自分で笊が・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・と言うのを、「なアに、ふたりとも利口なたちだから、おぼえがよくッて末頼もしい」と、僕は讃めてやった。「おッ母さん、実は気が欝して来たんで、一杯飲ましてもらいたいんです、どッかいい座敷を一つ開けてもらいましょうか?」「それはありが・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・世間並のお世辞上手な利口者なら町内の交際ぐらいは格別辛くも思わないはずだが、毎年の元旦に町名主の玄関で叩頭をして御慶を陳べるのを何よりも辛がっていた、負け嫌いの意地ッ張がこんな処に現われるので、心からの頭の低い如才ない人では決してなかった。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
今年の夏になってからのことでした。私は庭のありを全滅してしまわなければならぬと考えました。日ごろから、ありは多くの虫のなかで、もっとも利口であり、また組織的な生活を営んでいる、感心な虫であることは、知っていましたが、木や、竹に、油虫を・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・ デンデンと三味線が太く哀調を予想させ、太夫が腹にいれた木の枕をしっかと押えて、かつて小出楢重氏が大阪人は浄瑠璃をうなる時がいちばん利口に見えるといわれたあの声をうなり出し、文五郎が想いをこめた抱き方で人形を携えて舞台にあらわれると、あ・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫