・・・しかしどこか若木に似た水々しさを具えた少年だった。ちょうど十日ばかり以前のある午後、僕等は海から上った体を熱い砂の上へ投げ出していた。そこへ彼も潮に濡れたなり、すたすた板子を引きずって来た。が、ふと彼の足もとに僕等の転がっているのを見ると、・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ この一軒屋は、その江見の浜の波打際に、城の壁とも、石垣とも、岸を頼んだ若木の家造り、近ごろ別家をしたばかりで、葺いた茅さえ浅みどり、新藁かけた島田が似合おう、女房は子持ちながら、年紀はまだ二十二三。 去年ちょうど今時分、秋のはじめ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・両側をきれいな細流が走って、背戸、籬の日向に、若木の藤が、結綿の切をうつむけたように優しく咲き、屋根に蔭つくる樹の下に、山吹が浅く水に笑う……家ごとに申合せたようである。 記者がうっかり見愡れた時、主人が片膝を引いて、前へ屈んで、「辰さ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 不思議な、怪しい、縁だなあ。――花あかりに、消えて行った可哀相な人の墓はいかにも、この燈籠寺にあるんだよ。 若気のいたり。……」 辻町は、額をおさえて、提灯に俯向いて、「何と思ったか、東京へ――出発間際、人目を忍んで……と・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・使用人同様の玄関番の書生の身分で主人なり恩師なりの眼を窃んでその名誉に泥を塗るいおうようない忘恩の非行者を当の被害者として啻に寛容するばかりでなく、若気の一端の過失のために終生を埋もらせたくないと訓誡もし、生活の道まで心配して死ぬまで面倒を・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・それよりも、子供は、二人が、酒を飲んでいる、すぐそばに、かやの若木が、鉢に植わって、しかもその根が、真っ白に乾いているのを見ました。 ビールを、ガブ、ガブ、飲むかわりに、一杯の水を、かやの根もとにやればいいのにと、子供は、思ったのです。・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・しかし、この若木は、無事にそれをしのいで、いくたびも春を迎えて、麗しい花を開くであろう、が、こう年をとった私は、はたして、もう一度、その花が見れるだろうかと思ったのでした。しかし、良薬をもらって、その考えが変わりました。じいさんは、にこにこ・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・たちまち、若木は坊主となり、野菜の葉は、穴だらけになってしまう。そうなってもちょうをきれいだなどというのは、ただふらふらしている遊び人だけで百姓や、また草木をかわいがる人間は、そうはいわない。一滴からだについたら、死んでしまうような殺虫剤で・・・ 小川未明 「冬のちょう」
一 それは私がまだ二十前の時であった。若気の無分別から気まぐれに家を飛びだして、旅から旅へと当もなく放浪したことがある。秋ももう深けて、木葉もメッキリ黄ばんだ十月の末、二日路の山越えをして、そこの国外れの海に臨んだ古い港町に入っ・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ やがて春風荘の一室に落ちつくと、父は、俺はあの時お前の若気の至りを咎めて勘当したが、思えば俺の方こそ若気の至りだとあとで後悔した。新聞を見たのでたまりかねて飛んできたが、見れば俺も老けたがお前ももうあまり若いといえんな、そうかもう三十・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫