・・・ところが、第二番目のハドウ、それは少し山の経験が足りなかったせいもありましょうし、また疲労したせいもありましたろうし、イヤ、むしろ運命のせいと申したいことで、誤って滑って、一番先にいたクロスへぶつかりました。そうすると、雪や氷の蔽っている足・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・で、学者も学問の種類によっては、学問が深くなれば是非骨董の世界に頭を突込み手を突込むようになる。イヤでも黴臭いものを捻くらなければ、いつも定まりきった書物の中をウロツイている訳になるから、美術だの、歴史だの、文芸だの、その他いろいろの分科の・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・又人間の心をもイヤに西洋の奴らは直線的に解剖したがるから、呆れて物がいえない、馬鹿馬鹿しい折詰の酢子みたような心理学になるのサ。一切生活機能のあるもの、いい直して見れば力の行われているものを直線的にぐずぐず論ずるのが古来の大まちがいサ。アア・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・ その日、予審廷の調べを終って、又自動車に乗せられると、今度は何んとも云えないイヤな気持ちがした。来るときは、それでもウキ/\していたのだ。 新宿は矢張り雑踏していた。美しい女が自動車の前で周章てるのを見ると、俺だちは喜んだ。―・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・そして、「イヤ! 私いや!」と言って、頭を振った。「ききたいんだ」 間。「どうして?」「どうしでもさ。金のためにか、すきでか……」「私言わないもの……」女はきゅうに笑いだした。「好きで入ったんだろう」彼はちょっと・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・私は自身のこの不安を、友人に知らせたくなかったので、懸命に佐吉さんの人柄の良さを語り、三島に着いたらしめたものだ、三島に着いたらしめたものだと、自分でもイヤになる程、その間の抜けた無意味な言葉を幾度も幾度も繰返して言うのでした。あらかじめ佐・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・上田など小生一高時代からの友人ですが、人間的に実にイヤな奴です。而るに吉田潔なるものが何か十一月号で上田などの肩を持ってぶすぶすいってるようですが、若し宜しいようでしたら、匿名でも結構ですから、何かアレについて一言御書き下さる訳には参りませ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 田島は、その兄と顔を合せるのがイヤなので、ケイ子をどこかへ引っぱり出そうとして、そのアパートに電話をかけたら、いけない、「自分は、ケイ子の兄でありますが。」 という、いかにも力のありそうな男の強い声。はたして、いたのだ。「・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・私たちも幼時から、イヤになるくらいお寺まいりをさせられた。お経も覚えさせられた。 × 私の家系には、ひとりの思想家もいない。ひとりの学者もいない。ひとりの芸術家もいない。役人、将軍さえいない。実に凡俗の、ただの田舎の・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・たとえばアルベールがポーラの夜の宿の戸口で彼女に何事か繰り返してささやくと「イヤ」「イヤ」とそのたびに否定する。たったそれだけである。これが、大概のアメリカトーキーだと、おそらく、このアルベール君は三町四方に響くような大声で「ささやく」こと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫