・・・といって潮の満干を全く感じない上流の川の水は、言わばエメラルドの色のように、あまりに軽く、余りに薄っぺらに光りすぎる。ただ淡水と潮水とが交錯する平原の大河の水は、冷やかな青に、濁った黄の暖かみを交えて、どことなく人間化された親しさと、人間ら・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・あの小さな黒の粒の中からこんな美しいエメラルドのようなものが出て来た。 私はもう本ばかり読むのはやめてしばらく大根でも作ってみようかと考えている。 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・少女は四十年前と同じ若々しさ、あどけなさをそのままに保存してエメラルド色のひとみを上げて壁間の聖母像に見入っているのである。着物の青も豊頬の紅も昔よりもかえって新鮮なように思われるのであった。 ただ一瞥を与えただけで自分は惰性的に神保町・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・ルビーやエメラルドのような一つ一つの灯は濃密な南国の夜の空気の奥にいきいきとしてまたたいている。こんな景色は生まれて始めて見るような気がする。……シナ人が籐寝台を売りに来たのを買って涼みながらT氏と話していると、浴室ボーイが船から出かけるの・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ チラリとエメラルド色をした水が視野を掠めた。沼だ、そう思った時、コンクリート道がひろく一うねりして、眺望がひらけ、左手に気味わるく青いその沼と、そのふちの柵、沼になるまでの斜面に古い十字架がどっさりあって、そのいくつかが緑青色の水の中・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・地べたの中にアルカリが多くなっていたせいか、新緑は、いつもの年よりも遙かに透明ですがすがしく、エメラルド・グリーンに輝いたフランスの絵の樹木の色を思い出させた。焦土に萌える新しい緑へのよろこびからばかり、その美しさが見えたのではなかった。・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
出典:青空文庫