・・・割烹店は、お寺のように、シンとしていた。滝の音ばかり、いやに大きく響いていた。「ごはんを食べるのだ。」私は座蒲団に大きく、あぐらかいて坐り、怒ったようにして、また言った。ばかにされまいとして、懸命であったのである。「さしみと、オムレツと・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・手加減しないとさっき言ったが、さすがに、この作家の「シンガポール陥落」の全文章をここに掲げるにしのびない。阿呆の文章である。東条でさえ、こんな無神経なことは書くまい。甚だ、奇怪なることを書いてある。もうこの辺から、この作家は、駄目になってい・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ジンマシンなら、痒い筈だが。まさか、ハシカじゃなかろう。」 私は、あわれに笑いました。着物を着直しながら、「糠に、かぶれたのじゃないかしら。私、銭湯へ行くたんびに、胸や頸を、とてもきつく、きゅっきゅっこすったから。」 それかも知・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・生きているのか、死んでいるのか、わからぬような、白昼の夢を見ているような、なんだか頼りない気持になって、駅前の、人の往来の有様も、望遠鏡を逆に覗いたみたいに、小さく遠く思われて、世界がシンとなってしまうのです。ああ、私はいったい、何を待って・・・ 太宰治 「待つ」
・・・ピアノの音からこの旗のはためきに移る瞬間に、われわれはちょうどあるシンフォニーでパッショネートな一楽章から急転直下 Attacca subita il seguente に明朗なフィナーレに移るときと同じような心持ちを味わうのである。 ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 数式で書き現わすと、この問題の分泌量Hがざっと H = H0 + A sin nt のような形で書き現わされその平均水準のH0がいつもKに近いという型の婦人であったように見えるのである。『徒然草』の「あやめふく頃」で思い出すのはベ・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・と「シン」と音の似ているのも妙である。とにかく歯は各個人にとってはそれぞれ年齢をはかる一つの尺度にはなるが、この尺度は同じく年を計る他の尺度と恐ろしくちぐはぐである。自分の知っている老人で七十余歳になってもほとんど完全に自分の歯を保有してい・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ ヘルマンの講義はシンケル・プラッツの気象台へ聴きに行った。王宮と河一つ隔てた広場に面した四角な煉瓦造りの建物で、これは有名なシンケルの建てた特色のある様式の建築として聞こえたものだそうである。昔は建築のアカデミーでシンケルが死ぬまでこ・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・「ええ、ジョウカドウでしたねえ。シンゲンはなんでもトウケイ四十二度二分ナンイ……。」「エヘン、エヘン。」 クねずみはまたどなりました。 タねずみはまた面くらいましたが、さっきほどではありませんでした。 クねずみはやっと気・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・「おキレの角はケンケンケン ばけもの麦はザランザララ とんびトーロロトーロロトー、 鎌のひかりは シンシンシン。」とみんなは足踏みをして歌いました。たちまち穂は立派な実になって頭をずうっと垂れました。黒いきものの・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
出典:青空文庫