・・・ 蝉時雨が、ただ一つになって聞えて、清水の上に、ジーンと響く。 渠は心ゆくばかり城下を視めた。 遠近の樹立も、森も、日盛に煙のごとく、重る屋根に山も低い。町はずれを、蒼空へ突出た、青い薬研の底かと見るのに、きらきらと眩い水銀を湛・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 銀蠅の飛びまわる四畳の部屋は風も通らず、ジーンと音がするように蒸し暑かった。種吉が氷いちごを提箱に入れて持ち帰り、皆は黙々とそれをすすった。やがて、東京へ行って来た旨蝶子が言うと、種吉は「そら大変や、東京は大地震や」吃驚してしまったの・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ ジーンと耳鳴りがしていて、あいてをみずに三吉は頭をさげた。すると、意外にもうつむいていた赤っぽい頭髪が、すッとあおのいた。「――よろしく、ご交際、おねがいします」 深水がたもとから煙草をだして点けた。三吉もその火で吸いつけよう・・・ 徳永直 「白い道」
・・・二人の日本女は急に静かで頭の芯がジーンとなったような気持で顔を洗った。 戸を叩いて、 ――もういいですか? 停車場まで迎えに来てくれたNが、柔い黒い毛でつつまれ少し鉢のひらいた頭を出した。 ――さあ、どうぞ。 するとNは・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫