・・・ 女は安来節のようなのを小声で歌いながら、チリ紙を持って入ってきた。そしてそこにあった座布団を二つに折ると×××× 龍介はきゅうに心臓がドキンドキンと打つのを感じた。「ばか、俺は何もするつもりじゃないんだ」彼は少しどもった。女は初め・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・紺の木綿のピッチリした長股引を、芝居の鳶の者が、はいているようですけれど、あれを欲しいと思いました。ひょっとこめ、と言って、ぱっと裾をさばいて、くるりと尻をまくる。あのときに紺の股引が眼にしみるほど引き立ちます。さるまた一つでは、いけません・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ あなたはあの頃、画家になるのだと言って、たいへん精巧のカメラを持っていて、ふるさとの夏の野道を歩きながら、パチリパチリだまって写真とる対象物、それが不思議に、私の見つけた景色と同一、そっくりそのまま、北国の夏は、南国の初秋、まっかに震・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ ひとりの記者がカメラを私たちの方に向けて叫び、パチリと写真をうつしました。「こんどは、笑って!」 その記者が、レンズを覗きながら、またそう叫び、少年のひとりは、私の顔を見て、「顔を見合せると、つい笑ってしまうものだなあ。」・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・先年小田原の浜べで大波の日にヘルムホルツの共鳴器を耳に当て波音の分析を試みたことがあったが、かなりピッチの高い共鳴器で聞くとチリチリチリといったように一秒間に十回二十回ぐらいの割合で断続する轢音が聞こえる、それがいくらかこの蝗群の羽音に似通・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・こうなれば宿帳つけに来し男の濡れ髪かき分けたるも涼しく、隣室にチリンと鳴るコップの音も涼しく、向うの室の欄干に倚りし女の白き浴衣も涼しげなり。昨日よりの疲れ一時に洗い去られしようにてからだのび/\となる。手を拍ちて床をのべさせ横になれば新し・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・丁度一匁とかキッチリ一寸など云えば大変に正確に聞えるが、精密とか粗雑とかいうのも結局は相対的の言葉である。人智の測り得る所いずれか粗雑ならざらんやである。丁度と云いキッチリというのも約というのも根本的の相違はない。一尺の竹の尺度を百本比較す・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・ゆるんだタガが、キッチリしまって、頬冠した顔が若やいで見えた。「三国一の花婿もろうてナ――ヨウ」 スウスウと缺けた歯の間から鼻唄を洩らしながら、土間から天秤棒をとると、肥料小屋へあるいて行った。「ウム、忰もつかみ肥料つくり上手に・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・彼女は眼をパッチリと見開いていた。そして、その瞳は私を見ているようだった。が、それは多分何物をも見てはいなかっただろう。勿論、彼女は、私が、彼女の全裸の前に突っ立っていることも知らなかったらしい。私は婦人の足下の方に立って、此場の情景に見惚・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ペーンはシリンクスの話のあんまり子供らしいのと泣きぬれてました美くしさにみせられて頬をうす赤くしながらそのムッチリした肩を見ながら、ペーン ほんとうにマア、お前は美くしい体と心をもって居る事、私に御前の手の先だけさわらして御呉れ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
出典:青空文庫