・・・ 全くあなたがお丈夫でもトラックなしではすまないように、私が意気壮でも、手はかじかみましてね。歴史をひもとくと、燃き物と紙の有無とは、常にその社会生活の一般状態を雄弁に物語っているようです。作家の思いは、原稿紙がなくなればどんな紙切れへ・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・この純真な若者は、次兄の出征の留守、トラックを運転しているのだ。思わず笑い、同時に胸がいっぱいになる。深く動かされた。 一月○日 今、夜の七時すぎ。絶え間なくギーとあいてバタンと閉る戸のあおり。盛に出している水の音。パタパタ忙し・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・ ニージュニに新しくソヴェト・フォード製作工場が出来たという事実は、ソヴェトのような社会主義社会においては、単に首府モスクワの往来を、より沢山のトラックが地響たてて疾走するようになったというだけには止らない。一つの新しい工場は、きっと新・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 高等室では主任と宿直だけがのこり、署の入口のところに二台大トラックが止って、二人の普通の運転手がその上でだらしなく居睡りをしている。 頻りに電話がかかって来た。「ハア、ハア、今朝共同印刷へ、明治大学の学生と鮮人労働者が三十人ば・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ あの八月九日の夜、新京から真先に遁走を開始した関東軍とその家族とは、三人の子をつれて徒歩でステーションに向う著者にトラックの砂塵をあびせ、列車に優先してのりこみ、ときには飛行機をとばして行方のわからない高官の家族の所在をさがさせまでし・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・ 警笛を鳴らさずかたっぽのヘッド・ライトをぼんやりつけたトラックがとんできた。 日本女は、寂しい歩道をときどき横に並んでる家の羽目へ左手をつっぱりながら歩いて行った。本当は新しい防寒靴をもうとっくに買わなければならない筈なんだ。底で・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・一年半ばかりゴロゴロ そこの妻君の兄のところへうつる、 そこはい難いので夜だけ富士製紙のパルプをトラックにつんで運搬した、人足 そしたら内になり 足の拇指をつぶし紹介されて愛婦の封筒書きに入り居すわり六年法政を出る、「あすこへ入らな・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・ひどい速力で印刷用紙を積んだトラックが行政部の前を疾走して来て右手の公園の方角へ消えた。 人通りが半分ほど途絶える。 辻馬車が、国営衣服裁縫所製のココア色レイン・コートを幾枚も束にして膝へ抱え込んでいる若者をのせてやって来た。まいた・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・汽車は高いところを走っているから、そういうゴミゴミした大都会の入口の町並一帯の直ぐ向うの広いコンクリの改正通りには均斉を保って街燈が立連り、トラックなどが走っているのまで、車窓からつきとおしに見渡せるのである。 紺足袋は娘に、もう直ぐだ・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・ 建物の横手に大型トラックが来ていて、手拭で頭をくるりと包んだジャムパー姿の若い人が三四人で、トラックの上から床几をおろしているところであった。 床几は、粗末ではあるがどれも真新しく木の香がした。真新しいのは、その床几ばかりでなかっ・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫