・・・――その店先の雨明りの中に、パナマ帽をかぶった賢造は、こちらへ後を向けたまま、もう入口に直した足駄へ、片足下している所だった。「旦那。工場から電話です。今日あちらへ御見えになりますか、伺ってくれろと申すんですが………」 洋一が店へ来・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・人々の視線一度に此方へ向かえば新郎のパナマ帽もうつむきける。この二人間もなく大阪行のにて去る。引きちがえて入り来る西洋人のたけ低く顔のたけも著しく短きが赤き顔にこればかり立派なる鬚ひねりながら煙草を人力に買わせて向側のプラットフォームに腰を・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 座席に腰かけている人はパナマ帽に羽織袴の中年紳士で、ペダルを踏んでいるのは十八九歳ぐらいの女中さんである。 この乗り物が町の四つ角に来たとき、そのうしろから松葉杖を突いた立派な風采の青年がやって来て追い越そうとした。袴をはいている・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
出典:青空文庫