・・・いつだったかしら、あたしが新橋駅のプラットフォームで、秋の夜ふけだったわ、電車を待っていたら、とてもスマートな犬が、フォックステリヤというのかしら、一匹あたしの前を走っていって、あたしはそれを見送って、泣いたことがあるわ。かちかちかちかち、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 沓掛駅の野天のプラットフォームに下りたった時の心持は、一駅前の軽井沢とは全く別である。物々しさの代りに心安さがある。 星野温泉行のバスが、千ヶ滝道から右に切れると、どこともなくぷんと強い松の匂いがする。小松のみどりが強烈な日光に照・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・昭和九年九月二十九日の早朝新宿駅中央線プラットフォームへ行って汽車を待っていると、湿っぽい朝風が薄い霧を含んでうそ寒く、行先の天気が気遣われたが、塩尻まで来るととうとう小雨になった。松本から島々までの電車でも時々降るかと思うとまた霽れたりし・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
一 電車停留場のプラットフォームに「安全地帯」と書いた建札が立っている。巌丈な鉄棒の頂上に鉄の円盤を固定したもので、人の手の力くらいでは容易に曲げ動かすことが出来ないように出来ている。それが、どうし・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
七月十七日朝上野発の「高原列車」で沓掛に行った。今年で三年目である。駅へ子供達が迎いに来ていた。プラットフォームに下り立ったときに何となく去年とはあたりの勝手が違うような気がしたがどこがどうちがったかということがすぐとは気・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・それで今朝汽車が出てしまって改札口へ引返すと同時に、なんだか気抜けがしたように、プラットフォームの踏心も軽く停車場を出ると空はよく晴れて快い日影を隠す雲もない。久し振りに天気のよい日曜である。宅へ帰ってどうすると云うあてもないので、銀座通り・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・引きちがえて入り来る西洋人のたけ低く顔のたけも著しく短きが赤き顔にこればかり立派なる鬚ひねりながら煙草を人力に買わせて向側のプラットフォームに腰をかけ煙草取り出して鬚をかい上ぐるなどあまり上等社会にもあらざるべし。これと同じ白衣着けたる連れ・・・ 寺田寅彦 「東上記」
汽車は流星の疾きに、二百里の春を貫いて、行くわれを七条のプラットフォームの上に振り落す。余が踵の堅き叩きに薄寒く響いたとき、黒きものは、黒き咽喉から火の粉をぱっと吐いて、暗い国へ轟と去った。 たださえ京は淋しい所である。原に真葛、・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・三人が車を並べて停車場に着いた時、プラットフォームの上には雨合羽を着た五六の西洋人と日本人が七時二十分の上り列車を待つべく無言のまま徘徊していた。 御大葬と乃木大将の記事で、都下で発行するあらゆる新聞の紙面が埋まったのは、それから一日お・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・けれども鞄膝掛けその他いっさいの手荷物はすでに宿屋の番頭が始末をして、ちゃんと列車内に運び込んであったので、彼はただ手持ち無沙汰にプラットフォームの上に立っていた。自分は窓から首を出して、重吉の羽二重の襟と角帯と白足袋を、得意げにながめてい・・・ 夏目漱石 「手紙」
出典:青空文庫