・・・は訪ねて来る客も無し、私は仕事でもない限りは、一日いっぱい毛布にくるまって縁側に寝ころんでいて、読書にも疲れて、あくびばかりを連発し、新聞を取り上げ、こども欄の考えもの、亀、鯨、兎、蛙、あざらし、蟻、ペリカン、この七つの中で、卵から生まれる・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・佐竹はすぐに察知したらしく、「ペリカンをかいているのです」とひくく私に言って聞かせながら、ペリカンの様様の姿態をおそろしく乱暴な線でさっさと写しとっていた。「僕のスケッチをいちまい二十円くらいで、何枚でも買って呉れるというひとがあるので・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ ペリカンのひながよちよち歩いては転倒する光景は滑稽でもあり可憐でもある。鳥でも獣でも人間でも子供にはやはり子供らしい共通の動作のあることが、いつもこの種類の映画で観察される。たよりない幼いものに対する愛憐の情の源泉がやはり本能的なもの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・実際らくだに似た人やペリカンに似た人がある。ふぐ、きす、かまきり、たつの落とし子などに似た人さえある。古いストランド雑誌にいろんな動物の色写真をうまくいろいろの人間に見立てたのがあった。ある外国人は日本の相撲の顔を見ると必ず何かの動物を思い・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・万年筆に就て何等の経験もない余は其時丸善からペリカンと称するのを二本買って帰った。そうして夫をいまだに用いているのである。が、不幸にして余のペリカンに対する感想は甚だ宜しくなかった。ペリカンは余の要求しないのに印気を無暗にぽたぽた原稿紙の上・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・ ○枯山に白くコブシの野生の花 遠くから見える景色よし 都会の公園 日比谷公園 六月二十七日 ○梅雨らしく小雨のふったり上ったりする午後、 ○池、柳、鶴 ペリカン――毛がぬけて薄赤い肌の色が見える首・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・公園のペリカンは瘠せて頸の廻りの羽毛が赤むけになっていた。 ベンチのぐるりと並んだ花壇を抜け、彼等は常緑樹の繁った小径へ入った。どこまでも黙って歩いた。やがて竹藪の間へ来かかった。「みのえちゃん」 彼を見上げた口の上へ油井はキス・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
出典:青空文庫