・・・その前にはスエ子の誕生祝に三越へ行って硝子製の奇麗な丸いボンボンいれを買ってやりました。やすいもの、だがいい趣味のもの。この頃の硝子製造が発達して芸術的なものの出来ているには驚きます。その前日には、疲れているのに無理であったが北極探険隊の遭・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ あんまり意外だったので、声も出なかった私は、ボンヤリ立って居ると、「まあお前は…… さあ彼方へ行って寝て居ましょう。と云いながら母は元の部屋まで送って来て、パタパタとたたきつけると、「今御用がすんだらすぐ来・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・ 毎日きまった事はちゃんちゃんとして行ってもあとは柱にもたれてボンヤリして居たり何かもうどうしても忘られない事をしいてまぎらそうとするように、涙の出るような声で、歌をうたったり、琴をひいて居たりして段々何となく物思わしげな病んで居るよう・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 考えて居る間も、他の百姓の様に、故意とらしい吐息をついたり、悲しい顔付をして見せるでもなく、只、ボンヤリ気抜けの仕た様に考え込んで仕舞うのである。自分の満足した考えを得るまで必(して口を切らない。そんな時には、益々頬のたるみが目につき・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ ジャボン……ジャボン…… 巨大な黒坊、笑う黒坊、育った赤坊の黒坊――。 午後八時頃。湧こうとする濃闇の、其の一時前の仄明り。音楽の賑う旅舎の樹蔭の低い石垣。その角から三つ目の石の上に、まあ沢山。群れて笑いさざめく彼等、男の・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・ところで直木も俗学的な人生観を基礎とはしていても、才人だけあってファッシズムの暫定的な性質はボンヤリ理解し、抜目なく「向う一年間」と自身のファッショ化期限を決めている。この直木の態度と犬養健の態度との間には何処やら共通の一応の悧口さと基礎的・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・ 英国では、マクドナルド労働党内閣は婦人労働大臣にミス・ボンフィールドを任命していた。大臣はソヴェト同盟ばかりではないぞといばった。資本主義経済の必然の行きづまりで、労働党内閣は、今度保守党自由党の連立内閣をつくった。そして、労働党も日・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・ほんの一坪位の厚い壁の間に、ボンヤリ、ローソクの光に照らされながら髪の伸びたやつれた革命の同志が、それでも小机に向って本をよんでいる。足を見ろ、足枷だ。寝床を見ろ、木の寝床だ。帝政時代の支配者は、こういうところへ、一年や二年、尊い解放運動の・・・ 宮本百合子 「ロシアの過去を物語る革命博物館を観る」
・・・ ただ、あなたの手紙で感じた一つのことを云いますと、それは、あなたがボンヤリながら、今の世の中にそういう境遇におかれた若い女の結婚難というものに恐怖を抱いていられるという事です。 夫と家へ一緒に住もうか住むまいか? 若い弟嫁と母とだ・・・ 宮本百合子 「「我らの誌上相談」」
・・・運命の前に静かに頭を下げ得るためには、今ボンヤリしてはいられない。たとえ死が予期よりも早く自分の前に現われようとも、せめて現在に力の限りをつくしたという理由で、落ちついて運命に従うことができるだろう。そうしてなすべき事をなした人間の権利とし・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫