・・・よく見ていると、そのようなのに限って袋の横腹に直径一ミリかそこらの小さい孔がある事を発見した。変だと思って鋏でその一つを切り破って行くうちに、袋の中から思いがけなく小さい蜘蛛が一匹飛び出して来てあわただしくどこかへ逃げ去った。ちらりと見ただ・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・ぼくらはまたかわいてミリミリ言わなくちゃならない。お前さんも今のうちに、いい夜具のしたくをしておいた方がいいだろう。幸いぼくのすぐ頭の上に、すずめが春持って来た鳥の毛やいろいろ暖かいものがたくさんあるから、いまのうちに、すこしおろして運んで・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・ なりに似合わないシンミリした声でお妙ちゃんは云って居た。こんな人達にあり勝な何となくうきうきしたパッとしたとこは少なくてしんみりと内気な娘と話して居るのと少しもちがった事はない。「貴方割合にうち気な方だ事どうしてでしょう?」「そう・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・しかし時のたつとともに、私は彼らがシンミリした愛情を求めていないのに気づいた。彼らが尚ぶのは酔歓であった、狂気であった、機智であった、露骨であった。すべて陽気と名の付かないものは、彼らの心を喜ばせるに足りなかった。彼らは胸に沁み入る静かな愛・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫