・・・そしてまた、音そのものの記号の上にだけ民族的特徴をとらえたとして、それの羅列で作ったところで、やはり流動する生命のリズムとしての民族性は人の心をうつものたり得ないことが実感されたのも興味ふかかった。文学は、文字でかかれつつ文字の上にだけその・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
・・・おかずがあっても、おしまいの一膳はお茶づけにして、ほんとにサラサラと流しこむのだったが、おいしそうにひとしきりたべてさてお香のものへ移るというとき、おゆきはきまってリズミカルに動かしていたお箸を、そのリズムのまま軽く茶碗のふちへ当てて一つ小・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・新しい理解で芸術におけるリアリズムが提唱された場合にも、持ち出されかたはほぼ同様であった。 私には、自身のその経験――色が分っているがその色として感情にまで感覚されなかった時のおどろきが、その原因となった疲労から恢復した後も忘られなかっ・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・この伴奏は、幸にして無頓著な聴官を有している私の耳をさえ、緩急を誤ったリズムと猛烈な雑音とで責めさいなむのである。 私は幾度か席を逃れようとした。しかし先輩に対する敬意を忘れてはならぬと思うので、私は死を決して堅坐していた。今でも私はそ・・・ 森鴎外 「余興」
・・・これら新感覚派なるものの感覚を触発する対象は、勿論、行文の語彙と詩とリズムとからであるは云うまでもない。が、そればかりからでは勿論ない。時にはテーマの屈折角度から、時には黙々たる行と行との飛躍の度から、時には筋の進行推移の逆送、反覆、速力か・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・ 初めから声まで今日の客は、すべて一貫したリズムがあった。梶が出て行ってみると、そこに高田が立っていて、そしてその後に帝大の学帽を冠った青年が、これも高田と似た微笑を二つ重ねて立っていた。「どうぞ。」 とうとう門標が戻って来た。・・・ 横光利一 「微笑」
・・・陸からは綱を引くものが諸声に力のリズムを響かせる。かくて波を蹴散らし、足をそろえ、声を合わせて舟を砂の上に引きずり上げて行く。 一艘上がるとともに、舟にいた若者たちは直ちに綱を取って海に向かった。次の一艘が磯波に乗り掛かると、ちょうど綱・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・色彩のみならず線の引き方においても、リズムの貧弱な、ノッペリとした現在の線は、絵の具や筆の性質によるのではなくて、明らかに画家の性質によるのである。僕は法隆寺の壁画や高野の赤不動、三井寺の黄不動の類を拉しきたって現在の日本画を責めるような残・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
一 過去の生活が突然新しい意義を帯びて力強く現在の生活を動かし初めることがある。その時には生のリズムや転向が著しく過去の生活に刺激され導かれている。そうしてすべての過去が「過ぎ去って」はいないことを思わせる。機縁の成熟は「過去」・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・そうしてここに説いたような先生の人格と生活との表現がいかなる姿とリズムによって行なわれているかを子細に検せられんことを勧告する。先生の芸術はその結構から言えば建築である。すべての細部は全体を統一する力に服属せしめられている。さらにまた先生の・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫