・・・いいまわりにアカシヤを植え込んだ広い地面が、切符売場や信号所の建物のついたまま、わたくしどもの役所の方へまわって来たものですから、わたくしはすぐ宿直という名前で月賦で買った小さな蓄音器と二十枚ばかりのレコードをもって、その番小屋にひとり住む・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・常用しているという部分の人々にはどういう感じをおこさせるかしらないが、都会の人口の大多数を占める下級中級の若いサラリーマン、勤労青年たちが、いささかの慰みとしてアパートの部屋でかけて聴いている蓄音器、レコードその他の楽器に新しく税がかかった・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・四十を出たばかりであった父は、黙って娘の手をとって自分の手のなかへ握り、そのまま膝において猶暫く聴いていて、レコードをとりかえたりするとき「どうだい、面白いかい?」ときいたりするのであった。 やがて、レコードのレッテルの色で、メルバの独・・・ 宮本百合子 「きのうときょう」
・・・これは、日本の失業統計のレコード破りである。これだけの人数が、みんな一ヵ月世帯主三〇〇円、家族数一人につき一〇〇円ずつの預金をどこからか下げて、あらゆる三倍ずつの生計費をまかなって暮し、花見をして、上機嫌で平和の春がうたえるものだと、かりそ・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・義太夫ずきの爺さんが、すりへったレコードの「壺坂」をきいて自分のうちにあるうたを甦らし、ひとにはききとれにくい「壺坂」を、たのしみさえしているのと似た気の毒な事情であった。 客観すれば病的な、そういう苦しく、いとしい精神表現がたがいの癖・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・うちにピアノがほしいけれどもピアノがあったらよしあしだろうからそれよりレコードをきけるようにしたいと思っています。国府津へ国男が父親になった記念に大変いいラジオをすえつけて上げたので親父さんはもう、東京だと思って聞いていたらそれは上海であっ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 戦後の子供がラジオを通じレコードを通じ、なじんで歌う歌は、軽快に、明るくたのしく、リズミカルであるように、と児童の心理に即して選ばれている。君が代が歌そのものとして、歌う子供たちにわけのわからない義務感しか与えていないとすれば、君が代・・・ 宮本百合子 「修身」
・・・いつもレコードでオペラの音楽の抜萃を聞いているぐらいだから、音楽としての美しさだけをつよく局部的にうちこまれる。ハルビンあたりから来たロシアオペラだって、人々は、高い金をだして聞いた。 モスクワへ来て、大ものの「ボリス・ゴドノフ」も「サ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・私は、途中で平常祖母の好きな謡曲のレコードを買って行った。 祖母は、几帳面なたちであったから、隠居所はいつもきちんと片づき、八畳の部屋も広々としていた。祖母は、そこに寝ているのだが、派手な夜具の色彩や看護婦や枕元の小机などで、部屋は狭く・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・敵性の言葉という理由で中等学校の正課から、英語がとりのぞかれ、レコードは音盤とよばれ、イギリスやアメリカの音楽はレコードできいてもいけなかった。世界の声のきける短波のラジオは使用禁止され、ラジオは軍部、情報局のさしずどおり、一九四五年八月の・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
出典:青空文庫